――――――
夏が終わり、秋がやってきた。夏の終わりに私たちはひとつ歳をとった。ひとつ歳をとったということはひとつ大人になったということだ。けれど、大人というにはまだ私たちは幼くて、何もできなくて、世界に対して無力だった。
大人になっても無力である事象はたくさんあるとは思うけれど。
涼しい風が吹く帰り道、私はミクに遠くの街に行くことになったと、伝えた。父さんの暮らす街に住むことになった。と嘘をついた。
「どれくらい遠いの?」
この街を離れることを伝えたら、ミクはあの子猫みたいな瞳をまん丸にしてそう訊いてきた。
「列車で一日くらいの距離」
そう返事をしたら、案の定、そんなに遠いの、とミクは泣き出した。
この街を離れることになった事を、ここ最近どうやってミクに伝えようか、ずっと考えていた。どう伝えようと、ミクは泣くだろう。受け入れてくれないだろう。私自身だって自分のことだけれども受け入れたくないし、ミクと離れることを考えるだけで泣き叫びたくなる。
やっぱりミクは泣いた。代わりに私は泣くのをこらえることができた。
「ハツネがいなくなったら、私は駄目になるよ」
そういってミクは泣いた。しゃくりをあげて、まるで子供のように泣くミク。紅く血色の良い頬を涙で濡らしているのを、私はハンカチを取り出してそっと拭ってやった。
泣かないで、とは言えなかった。ミクが泣いていることはとても悲しかったけれど、私が泣かない代わりにミクが泣いているようで、そのことがとても嬉しかった。悲しくて嬉しい自分は本当にどうしようもないと思った。
人としてどこかが破綻していると思った。ミクは私ではないのに。私はミクでもないのに。いつの間に、私たちはこうなっていたのだろう。
いつの間に、私たちはもうひとりの私なしではやっていけなくなってしまったのだろう。
「ついていく」
泣きじゃくりながら、ミクがそう言った。
「ママとパパに言って、私、ハツネと一緒についていくよ」
泣きながらミクは色々な意味で無理なことを言った。そんなことミクの父さんも母さんも許さないだろう。ミクの両親はミクのことを大事にしていることをよく知っていた。絶対に彼らはミクを手放さないだろう。それになにより、ミクがついてくるとなると、本当のことを話さなくてはならなくなってしまう。
秋になり涼しくなった空気が優しく私たちを包む。真っ青に高く晴れ渡った空の下、私は泣き出しそうになりながら笑った。
「またいつか、会えるよ」
私の言葉にミクがいやいやするように首を横に振った。
「嫌、いつかなんて、駄目。ついていく」
きかん気のない子供のようにそう言ってミクは涙をこぼした。
本心は、嬉しかった。そうあって欲しいと、ずっとそばにいてほしいと願っていた。
けれど駄目だ。ミクがついてきてしまったら、本当にほんとうのことを伝えなくてはならなくなるから。ミクと離れなくてはいけない。時間は確実に流れていき、その時は刻一刻と近づいているのだ。その瞬間を、私との本当の別れの瞬間を、ミクには見せたくない。見せてはいけないんだ。
何も伝えないまま別れるのは、きっとミクを傷つけるだろう。解っている。それでも卑怯な私はきっと最後まで隠し通そうとするだろう。
本当に隠すことなどできないのに。
「ついてこないで」
できる限り冷たい響きになるように、そう言った。
ミクはまるで世界の終わりがやってきたような、そんな表情をしていた。痛みをこらえるようにその両手を握りしめていて。真っ白に血の気の引いてしまったその手を掴んで握り締めたい衝動に駆られたけれど、そんな資格はない、と私はそっと視線を外した。
ごめんね、ミク、ごめんね。汚い私でごめんね。卑怯な私でごめんね。本当のことを伝えない私でごめんね。
「さよなら、ミク」
悲哀と諦観に満ちた空気の中、時を告げる鐘の音が響いた。
それは、真っ青に晴れ渡った空から降り注ぐように響く、ピアノの音にも似た鐘の音。
蒼の街・4~Blue savant syndrome~
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「死にたいなんて言うなよ。
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そんな歌が正しいなんて馬鹿げてるよな。
実際自分は死んでもよくて周りが死んだら悲しくて
「それが嫌だから」っていうエゴなんです。
他人が生きてもどうでもよくて
誰かを嫌うこともファッションで
それでも「平和に生きよう」
なんて素敵...命に嫌われている。
kurogaki
6.
出来損ない。落ちこぼれ。無能。
無遠慮に向けられる失望の目。遠くから聞こえてくる嘲笑。それらに対して何の抵抗もできない自分自身の無力感。
小さい頃の思い出は、真っ暗で冷たいばかりだ。
大道芸人や手品師たちが集まる街の広場で、私は毎日歌っていた。
だけど、誰も私の歌なんて聞いてくれなかった。
「...オズと恋するミュータント(後篇)
時給310円
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