何だか、子供の頃に遊んだ『ひみつ基地』にいるみたいな気分にさせる部屋だなぁ。
 此処へ来ると、カイトはいつもそんな風に思う。天井まで届きそうな本棚と正体のよく判らない怪しげな瓶詰めの並ぶ試料棚に囲まれ、中央には大きな作業机がどんと据えられて、その上にはいつでもいろんなものが所狭しと広げられている、メイコの研究室。机上に留まらず床の上にもごちゃごちゃと散らばるそれらは、例えば作りかけの術具やその材料となる素材だったり、新たな術の構築式を書きつけた羊皮紙であったりする。雑然としていて、でも何処かあたたかくて、カイトは結構この部屋が好きだった。

 『塔』は、その名の通り敷地いっぱいに建ち並ぶ幾つもの塔を持っている。術士達が暮らす居住塔、資料庫付設の研究塔、術具制作の工房がある開発塔……最奥にひときわ高くそびえるのは、管理者達の座する中央塔。そんな中、メイコの研究室は開発塔の端にあった。だっていちいち工房借りに行ったりするの面倒じゃない――とは、研究塔から出る時に彼女が残した言葉だ。
 本来工房として使う事が前提の開発塔は、丈夫だが些か寒々しい。堅固な石を組み上げて魔術で補強した壁は、のっぺりとしていかにも作業室的だ。けれどこの部屋では、並んだ棚と巨大な石盤によってそんな壁が隠され、冷たい床には絨毯が敷かれ、更には休憩用だと上等の長椅子まで持ち込まれて、すっかり心地良くカスタマイズされてしまっていた。

 余談だが、壁に据えられた幾つもの石盤は、メイコに命じられてカイトが制作したものだ。直感的な閃きに依るところの大きいメイコが、術具や術式のアイディアを部屋の何処でもすぐさま走り書きできるようにと設計し、カイトに作らせた。
 街の工房に依頼しなかったのは、これほど大きく表面の滑らかな石盤を作る技術はまだ確立されていないからだ。メイコが設計したのは即ち、石を滑らかに切り出し接いで大きな一枚の板とするための術式であり、その実践がカイトに回ってきたのは、要求される精密な魔力制御をメイコ自身ではこなせないからだった。
 ついでに言うなら、これとは逆に小さく携帯の利く石盤も制作した。同じくカイトが。軽く薄く石を切り出すのはやはり人の手では難しく、また脆くなってしまう為、魔術による補強が不可欠だった。メイコはこの石盤に額縁のような枠を付け、丁度本のように開けるよう2枚を重ねて留め合わせた。こうしておけば書き付けたチョークが擦れて汚れる事も、文字が読めなくなってしまう事もない、というわけだ。
 彼女の発明は、こんな具合に『彼女自身の欲求』から生まれる事が多かった。自分が欲しいから、より便利なように手を加え、時には新たに作り出すのだ。そうして、そんな中から『研究成果』として『塔』へ提出したものが、やがて量産されて術士達に広まっていったりもする。この石盤も、今では『庭(ガーデン)』での授業に随分と重宝されているという話だった。

 閑話休題。

 メイコ愛用の長椅子に腰掛け、久しぶりのこの部屋をひとしきり眺め回して、カイトは苦笑を滲ませた。
「居心地良く――は、まぁいいんだけどさ、めーちゃん。流石にお酒はやりすぎじゃないかなぁ。ここ、一応は職場扱いでしょ?」
 やんわりと諌める彼が見るのは、休憩用のティーセットの隣にさらりと置かれた酒瓶。困り笑顔の弟に肩を竦めて、平気よ、とメイコは軽く返した。
「別に時間契約で務めてるわけじゃないんだし、昼間っから呑むわけじゃないからいーのよ。たまにうっかり泊り込んじゃうから、寝酒よ寝酒」
「それもどうかと思うけど。居住塔遠いからって面倒がっちゃ駄目だよ。ごはんもちゃんと食べてる?」
 蒼い瞳に気遣う色が加わるのを見て、メイコもまた苦笑を浮かべた。
「すっかり世話焼きになったわね……ちっちゃい頃はおねぇちゃんおねぇちゃんってひっついてきてたのに」
 懐かしく思い返すのは、いつでも服の裾をつまんできた小さな手。握り締めるほどに強くはなく、遠慮がちに、怒られやしないかと窺いながら、それでもいつもメイコの後について回った。あの頃は、そんな彼の世話を焼き、あまりに離れようとしないものだから「もっとしっかりしなさい」などと子供ながらに小言を言ったりもしたのだけれど。
 同じ姿を瞼の裏に見たのだろう。カイトが小さく首を竦めてみせた。
「それじゃ駄目って言ったの、めーちゃんでしょ」
 少し恥ずかしげに、けれど何処か誇らしげに、彼は微笑んで。あぁ、とメイコは思う。そうだった、小さな指を恐る恐る離して、いつの頃からか彼は「おねぇちゃん」とは呼ばなくなったのだ。一生懸命に一人で立って、後ろについて回るんじゃなく共に歩むようになって、呼び方は「めーちゃん」になって。そして時折、本当に大事な時にだけ、「姉さん」と呼ぶようになった。
 それはいつからだっただろうか。彼が護るべき小さな弟から、共に弟妹を護る相棒となったのは。否、それすら超えて――。

「ほら行こう、今日はもうおしまい。折角久しぶりに戻ってきてるんだから、街に出て美味しいものでも食べたいな」
 誘(いざな)う声に呼び掛けられて、思いを馳せていたメイコは我に返った。すっかり成長した弟は身長もとうに彼女を越え、穏やかに笑んでしゃんと立っている。その背に彼女を、弟妹を護り。その肩に余りに重い使命を負いながら、辛さ厳しさなど微塵も見せずに。
 メイコは微かに、眩しいものを見るように目を細めた。そんな姉に気付いているのかいないのか、いい店教えてよ、などとカイトは続けている。
「あら、じゃあ奢りなさいよ」
 作業の切り上げを示して羽織った白衣を脱ぎながら、メイコは偉そうに言ってにやりと笑った。いいけど、と返しながら歩き出しかけて、ふと足を止めたカイトが真面目な顔を作る。
「それはいいけど、酒場はやめてね。俺はごはんを食べに行きたいの」
 じっ、と見つめてくる視線を受け止めて、数拍。
「何故か焼き菓子が評判の酒場を一軒知ってるんだけど」
「…………ごはん食べてからそこでどう?」
 メイコが返した提案に、更に数拍たっぷり迷ってから、妥協案が提示された。姉にきちんと食事を摂らせたいと思いながらも、甘味の誘惑に弱いカイトだった。

ライセンス

  • 非営利目的に限ります
  • 作者の氏名を表示して下さい

懐古 -響奏曲・Interlude-

設定小ネタ1。……のはずが、うっかり長くなってしまったよ?

今回の話はちょっと変則的な生まれ方をしていて、某仮想タウンサイトのマイルームで部屋を再現(というか設定しながらレイアウト)し、それに付けたSSを加筆修正したものです。
しかしちょっと手を加えるだけのつもりが、倍ほどに長くなったのはどういうことなの。
ここぞとばかりに脳内にあった過去話とかがポロリしてるしww

部屋画像と元SSはこちらに↓(私のブログ内に跳びます)
http://ioliteshelf.blog.so-net.ne.jp/roomss-1

閲覧数:220

投稿日:2012/06/07 12:58:48

文字数:2,576文字

カテゴリ:小説

  • コメント2

  • 関連動画0

  • sunny_m

    sunny_m

    ご意見・ご感想

    読ませていただきました~☆
    姉弟、美味しいです!!
    ニコタで土台となるSSを読ませていただいた時よりもパワーアップしましたね~!
    細かいところが作り込まれていて凄いなぁ!と思います。
    部屋作りもそうですが、設定とか作るのが本当に上手ですね。

    姉弟がちびっこい頃に妄想をはせると、とめどなく膨らんでいきます……!
    めーちゃんの後を追いかけるちびっこカイト…!!
    何その可愛い生き物…!!!!!
    やばいです。またもやにまにまが止まりませんw
    そして成長して立場がちょっと逆転して。というのもかなり美味しいですね。もぐもぐ。

    何故か焼き菓子の美味しい酒場…!w
    何その素敵なお店…!!
    最後のくだり、私も行きたいです!てかいっそのこと働きたいw

    2012/06/08 22:01:26

    • 藍流

      藍流

      ありがとうございます?^^
      設定は萌えから自動発生する仕様ですww
      今回の話はコラボ立てた初期の語り合い(笑)に刺激されて出てきたイメージがあれこれ盛り込まれております☆
      そしてそこから派生してまた色々と過去話や設定が……w

      姉弟の幼少期話、かなり固まってきてしまってどうしようかと←
      ちびっこ時代も現在の関係も、個人的な趣味満載ですよ……!w
      sunny_mさんもその膨らんだ妄想を是非投下してくださいww

      酒場が大人気ですね?w
      働きたいとまでwww でもそれも楽しそうだw
      そしてそっと兄さんにお菓子サービスしてウキウキする顔を鑑賞したりするのです←

      2012/06/09 00:01:50

  • acuzis

    acuzis

    ご意見・ご感想

    投下お疲れ様です~!

    姉弟ネタ…イイですね萌ゆります(´q`*)
    ひっついてた弟が成長し頼りになる弟になって
    そんな姿感じたら胸キュンしちゃいますよねわかります(/ω\*)←

    焼き菓子が評判の酒場!いいなぁ私も行ってみたい(´∀`*)

    2012/06/08 01:45:16

    • 藍流

      藍流

      クリプトさんちは仲良し兄妹なのが萌えです(´∀`*)
      そして兄さんが唯一『弟』になるという点に於いて、めーちゃんと二人で書くのがとても楽しいですw
      年長二人の空気は、兄妹の中でもまたひとつ特別な感じがあるんですよね?
      うっかり萌え任せに増量して書き終わらなくてどうなるかと思いましたが(← 脳内設定に留まらずに書けて良かったかなw

      焼き菓子が評判の酒場。無骨なオッサンが焼いてるととてもいいなと今ふと思いました。
      えっあれ用心棒とかじゃないの?!みたいなww
      ……すごくどうでもいいな。

      ありがとうございました?!

      2012/06/08 11:27:30

オススメ作品

クリップボードにコピーしました