歌えなくなっても、あなたに私は必要?

 またふられちゃったよ。画面の向こう側で情けなく笑うマスターに、またですか?と私はため息まじりで言った。
「また、女の子に『何考えているか分からない』とか言われたんでしょ」
「お、さすが。よく分かるなぁ」
私の言葉に、はは、と笑うマスターに私は盛大な溜息を吐きだした。
「毎回毎回、同じ理由で振られているんだから。馬鹿でも覚えますよ」
そう呆れたように言い放つ。私の言葉に、ううう、と情けない声を上げてマスターは椅子の上で体育座りをしながら、ぐるぐると回り始めた。
「何考えてるか分かんない。ってさ。俺だって自分の事なんかちゃんと分かっていないんだから、そんなの答えようがないじゃん」
「そうですね。人間ってめんどうですね」
「友達と遊ぶのだって楽しいんだよ。わいわい曲作ったり、くだらない下ネタで盛り上がったりとか、そんなん彼女とはできないだろ」
「そうですね。下ネタトーク駄々漏れな男子ってちょっとヤですね」
「最後には、本当に私を好きなの?って訊かれて。どうすりゃいいんだよ」
「そうですね。マスターはヘタレだから、君が一番好きだよ、なんて言えませんよね」
マスターの言葉に適当に相槌を打ちつつ、私がふたつに結上げた長い髪をいじっていると、おいミク。と不機嫌そうな声でマスターが私を呼んだ。
「おまえ、明らかにどうでもいいとか思っているだろ」
「え?そんなこと思っていなくもなくも、なくも、ない。ですよ」
「どっちだよそれ」
「いやだって。ホント、いい加減同じことの繰り返しで飽きたし。というかヒトって進化する生き物じゃないんですか?」
あえて無邪気な様子で刃物のような言葉を言ってやると、マスターはおおう、と胸の辺り抑えた。それもまた、いつものことで。仕方がないなぁ。とくすりと笑みをひとつ落とした。
「じゃあいつも通り、私は失恋したマスターのために何か元気になる歌でも歌ってあげましょうか?」
そう私が言うと、なんだよその上から目線。とマスターは笑いながら、私を歌わせるためにキーボードを操作した。
 ゆるやかに刻まれるカウント。バラード調の優しく心を包み込む様な曲。きらきらの金属片の音に導かれて最初の音を、ぽん、と両手で放り投げる。それを受け止めるような電気の弦の音。その安定感に安堵しながら両手を広げて身体に満ちた柔らかな球体をいくつもいくつもマスターに向かって投げる。
 放物線を描きながらゆるりと投げた音の空気をマスターは両手いっぱいに広げて受け止めて。まだ微かに恋の残滓が残る、やり場のない熱の籠った眼差しを私に向けてくるから。私は仕方がないなぁ。って呆れた笑顔を見せて、また柔らかく包み込む様な音を奏でた。
 
 呆れた表情と正反対の喜びを、この胸の内側に宿している私は本当に最低だと思う。

 私のマスターは高校生の男の子だ。昼間は学校に行って、放課後は部活動をしたりバイトをしたり友達と遊んできたり、彼女とデートをしたり、する。普通の男の子だ。部活は軽音部で、もともとはギターを弾いていたのだけど、最近ベースの格好良さが分かってきた。と言ってベースの練習をしている子。同じ軽音部の人と一緒にバンドを組んで文化祭とかに演奏したりする。曲を作るのも好きで、だけど誰かに訊かせるのが少し恥ずかしくて、でも歌って欲しくて。
 そして私、ボーカロイド・初音ミクを買った男の子が、私のマスター。
 他のボカロでなく、なんで私を選んだの?という問いかけに、どうせなら俺好みの可愛い子に歌って欲しかったんだよね。と屈託なく笑いながらそんなことを言うような男の子が私のマスターだ。
それってつまり見た目で選んだってこと?私の歌声が好きだからじゃなかったの?って少し拗ねたふりをしたら。いやそれもあるけど。ミクの可愛い声も好みだったし。と真に受けて慌てた様子でフォローを入れるような。
 普通の、少し頼りない雰囲気の男の子。
 音楽が好きで、男友達とつるんで遊ぶのが好きで、勉強もそこそこ頑張るけど、苦手な教科は試験前に一夜漬け。徹夜で友人とゲームしたりする。よく言えば無邪気。悪く言えば子供っぽい。
 そういう普通っぽさが良いと思う女の子はそれなりにいるのだ。告白されてあるいはマスターから告白して、そして付き合う事なんかしょっちゅうだ。
 けれどマスターはその屈託のなさから、彼女が出来ても彼女を一番にしない。いつも通りの生活のなかに彼女と言う存在が増えただけで、彼女は特別にならないのだ。そんなマスターの態度に不満を持った女の子たちは「何考えているか分からない」と拗ねてしまう。

 マスター。絶対に教えてあげないけど。
 マスターの事を「何考えているか分からない」って言った女の子たちは、本当は、マスターと別れたくなかったんだよ。ただ、拗ねたふりをして自分を見て欲しかっただけなんだよ。マスターに、特別な目で見て欲しかっただけなんだよ。
 だけど、そんなこと、絶対に教えてあげない。 

ライセンス

  • 非営利目的に限ります
  • この作品を改変しないで下さい
  • 作者の氏名を表示して下さい

Master・微熱の音・1~初音ミクの消失~

ばあちゃんマスターなのに、ばあちゃんマスターでない話です。
(上手く言えないけれど)
更にいうと、消失の二次創作小説です。
苦手な方は避けてください。

閲覧数:663

投稿日:2011/07/01 20:20:21

文字数:2,073文字

カテゴリ:小説

  • コメント2

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  • 藍流

    藍流

    ご意見・ご感想

    こんにちは。
    UPされたその日のうちに素っ飛んできてはいたものの、コメントがまとまらずに大遅刻となってしまいました。
    そしてどうしてもまとまらないので、変則的ではありますが思うがままにぽつぽつとコメ投棄させていただきます(←

    Masterシリーズで消失を冠したタイトルに、あの(小岩井家の)ミクが消失?!といきなり焦ってしまいました。
    びくびくしながら読み始めて、あ、別のミクなのか。とちょっと落ち着き。いや他のミクなら消失してもいいってわけじゃないですけども。

    ミクの、表面上のマスターとの遣り取りと、その裏側にある物思いが凄く良かったです。
    特に、絶対に教えてあげない、という最後のブロック。綺麗とは言いがたいのだけど、女の子だなぁ。
    そして冒頭の一文と「消失二次」であるという前提によって、何だかざわざわした予感めいた感じもあって。
    どきどきしながら先へ読み進めていきました。

    2011/07/04 13:58:13

    • sunny_m

      sunny_m

      >藍流さん
      コメントありがとうございます?!
      というか、コメント件数の多さに吃驚しましたよ!!
      おおお!!??

      今回は、二次創作というのを逆手にとって書き始めたのもあります。
      消失、とい予感を、文章の雰囲気だけで出したいなぁ。とも思ったりするのですが、なかなか難しく…
      本当は文書だけで、そういうのを出せればいいのですが。
      今回は二次創作です。というので救われている面も多々ありますね。

      小岩井さんちのミクは幼い感じの17歳ですが、この子は少し大人びた17歳。という印象で書いてました。

      2011/07/04 20:27:47

  • 日枝学

    日枝学

    ご意見・ご感想

    消失の二次創作きたあああああ 1以降も読ませていただきますよ しかし一気に読む時間が無いので、授業中とかに(※おい)電子辞書のテキストリーダーに読み込ませて(※おい)読ませていただきます

    歌詞の光景をそのまま捉えた二次創作と違って、歌詞からそこに至るまでの状況等を考えて世界観を作り出し、それをもとに書いている感じがしていて良いですね

    あ、それと、作品真ん中よりちょい後半部分の
    >ゆるやかに刻まれる――
    から
    >――様な音を奏でた。
    までの音の描写がとてつもなく上手いですね こういう表現出来るようになりたいものです

    ここからどうやって物語が展開するのか楽しみです! 今度読みますよー 執筆ナイスです!

    2011/07/02 00:09:29

    • sunny_m

      sunny_m

      >日枝学さん
      はじめまして!コメントありがとうございます!!
      焦らなくても大丈夫ですよ?!無くならないので!!
      とはいえ、私もよく授業中に本とか漫画を読んでいたので^_^;何とも言えませんが
      先生に見つからないように、気を付けてください(オイ

      お言葉の通り、私の二次創作はそういうものが多い気がします。
      もちろん、歌詞の光景をそのまま書いたものもありますが、ついつい、その先だったり、そこに至るまでを妄想してしまうんですよね。
      なので、読む人にとっては嫌かもなぁ、と思うので気をつけたいところなのですが(苦笑)

      描写が上手という言葉も嬉しいです?☆
      そこら辺はいつも自由に書いているので、褒めていただけると嬉しいです^^

      それでは、コメントありがとうございました!!

      2011/07/02 19:19:26

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