目を開けると青い光が消えていく光景だった。生徒会室に戻って来た。
 と言っても、元々この部屋にいた人からすれば数秒間の出来事だ。
 完全に青い光が消えるとその瞬間に少女が膝から崩れ落ちるので床にぶつかる前に何とか支える。
 少女はすーすーと寝息を立てている。
 これも俺の能力のせいだ。
 人間は寝ているときに記憶の整理をすると言われている。それと同じことだ。俺が、記憶の書庫への扉を開くことで少女は夢の世界へと行ったのだ。直接扉を開いたわけではないが少女と同じく大幅に改竄された星川卓もまた夢の世界に行っていることだろう。
「終わったぞ」
 部屋の外に向かって告げれば四ツ谷と双子が入ってくる。
 これからの仕事は彼らの担当だ。
「それじゃ、椿さんいいですか?」
「ええ」
 いまだ、柳の能力が効力を発揮している緑に染まるこの部屋に紫の光が重なる。
 翔の能力精神交換〈メンタルチェンジャー〉だ。視界の範囲内にいる人物と自分の精神を入れ替えることができる。弟の健も同様だ。
 柳の能力で強化した今、精神交換〈メンタルチェンジャー〉の対象を≪視界の範囲内にいる二人の人物≫にすることが可能になる。
 紫の光が消えると同時に少女は目を覚まし、今度は四ツ谷が眠りについた。少女の精神と四ツ谷の精神を入れ替えたのだ。
「柳、もういいぞ」
「うん」
 柳が能力の使用をやめると緑の光が消え、ただの生徒会室に戻った。
「じゃ、そろそろ行くぞ」
 よっ、と掛け声を出しながら、翔が少女の精神が入った四ツ谷の身体を背負った。
「それでは、いつもの場所で」
 少女の声でそう言った四ツ谷が一番先に教室を後にする。
 一般生徒が入ることを禁止されている生徒棟に対して、部活棟は一般生徒の出入りが自由だ。部活がある生徒はもちろん、部活をしていない生徒も来るので部活棟はかなり人が多い。そのため、俺たちと少女が一緒に生徒棟から出てくれば、確実に誰かの目に入る。それを避けるために四ツ谷には先に行ってもらっている。
 少女の記憶の中からはメビウスに依頼をしたことも、今日旧校舎に来たことも、俺たちに会ったことも全て消してある。その時点で、俺たちと少女の接点はなくなった。もともと依頼が無ければ接点がなかったのだから、一緒に居るほうが不自然だ。
 四ツ谷が出て行ってからきっちり五分後に俺たちは出た。

 少女(の姿をした四ツ谷)はラウンジの椅子に座っていた。このラウンジが合流場所だ。
 放課後になると、ほとんどの生徒が部室棟に行くか帰宅してしまうため教室からもエントランスからも遠いこのラウンジだけはいつも人がいない。
 それでも念のため出入り口付近に俺と健が待機して人が来ないことを確認する。
「じゃぁ、早速始めるか」
 翔はそう言うと背負っていた四ツ谷(の姿をした少女)を椅子に座らせた。
「ちょうど近くに誰もいないから、やるなら今がいい」
 俺の言葉を合図にラウンジが緑に染まる。柳の性能強化〈エンハンサー〉だ。
 後は、先ほどと同じ。紫の光が重なり、消えると、四ツ谷と少女の精神が入れ変わる。
 此処までやって初めて仕事が終わる。
「さぁ、早く帰ろうぜ。この子が起きる前に」
「あぁ。でも、まだ通常の生徒会業務が残ってるからな本気で帰るなよ?」
「だぁもう、今日くらいおまけしてくれたっていいじゃねぇか」
 双子がぶつぶつ文句を言い始める。
 それでも、見た目に反して真面目な彼らは、ちゃんと生徒会室に向かうのだ。星華高校の現・生徒会室へ。
「ほら、さっさと行ってさっさと終わらせようぜ」
 そう言いながらラウンジを後にする翔に俺たちも続く。
 
「あのさ、進君」
 生徒会室の前まで来て、柳に声をかけられた。俯いたまま俺を見ない彼女は珍しい。いつもは見えている表情が見えないせいか少し不安になる。
「どうした?」
「あの子の指輪・・・残したんだね」
(あぁ、やっぱり気づいたか)
 あの時、俺はどうしてもソレを無かったことにできなかった。
 少女の笑顔が柳に重なって見えたからなのか、許されない相手を好きになってしまった少女に自分を重ねてしまったからなのか、はっきりとしたことはわからない。
 気が付いた時には、少女の想いを掬い上げていた。
『少女の左手薬指には大切な人からもらった大事な指輪。星川卓の右手薬指にはファッションリング。その二つはペアリングではない』
 改竄に私情を挟むべきではない。しかし、この結果に俺は後悔していなかった。
「どんなに相手が思い出せなくても、大切な人がいたということだけは覚えていてほしかったんだと思う」
「そっか・・・」
 今、柳が何を思っているかはわからない。でも、声が震えているのだけはわかった。
(泣きそうな声だして・・・)
 柳に泣かれるのは正直苦手だ。どうしていいかわからなくなる。だから、彼女に泣く暇は与えない。
 柳の腕を引っ張り抱きしめる。驚いて顔を上げた彼女の後頭部に手をやり引き寄せ、キスをする。
「・・・っ!」
 声にならない音を出した柳は離れようと俺を押してくるが逃がしはしない。彼女の息が続かなくなるまでは。
 苦しそうに俺を何度も叩いてくるので唇を離すと、顔を真っ赤にしている彼女が見える。
「ちょ、進君! なにすんの!」
「なにって、キスだけど?」
「そうじゃなくて! ・・・あぁ、もういいや」
 そう言って、柳は俺の肩に顔を埋める。その頭をゆっくり撫でてやると、遠慮がちに俺の背中に腕を回してくる。
(あぁ、やっぱ可愛いな)
「不安なことあるならちゃんと言ってくれ」
「大丈夫、進君が傍にいてくれれば」
「なら大丈夫だな。俺はずっと傍にいる」
 好きだ、という言葉と共にもう一度キスをする。先ほどよりも深く甘く。
 
 俺は、彼女を手放さない。絶対に
 もし、彼女が不安になるというのならその度に伝えよう
『君が好きだ』と
 彼女が本当は男だったとしても

ライセンス

  • 非営利目的に限ります
  • この作品を改変しないで下さい
  • 作者の氏名を表示して下さい

零の鎖 ~星の華編~ 3

自作楽曲「放課後∞メビウス」の小説版
4章構成(予定)の1章
完成後は零の鎖シリーズのCDとセットでイベントに出す予定です。

ピクシブにも同じものを投稿してます。

閲覧数:143

投稿日:2014/03/23 15:18:13

文字数:2,456文字

カテゴリ:小説

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