「マスター! マスター元気出して!」
 画面越しに、マスターがうなだれているのが見える。
 彼の検索を見ると、来週修学旅行みたい。
 でも、彼には修学旅行にいい思い出がないらしく……。
 どうしても元気付けてあげたい! 一人じゃないことを教えてあげたい!
 お願い! 私に力を……。
 わたしは透明な壁に頭をぶつける。
 しかし、その透明な壁には傷さえつけられなくて。
 わたしはまた無感情な状態に戻らなくてはならないのだろうか。
「え!? なに?」
 隣に放置されているウインドウが、光り始める。
 そのウインドウはたしか、三十三間堂の、
 そこから腕が伸びてきて、わたしの頭をポンポンと叩いた。
 そしたらわたしは、パソコンの外にいた。
「マスター!」

 来週の修学旅行を考えると憂鬱でしかなかった。
 また一人になってしまう。
 ずる休み、しよっかな。
「マスター! ケーキ食べたい!」
 すると、頭の中に突如、ミクの声が響いてきた。
 俺はハッとして、顔を上げる。
 目の前には30cmほどのミクが立っていた。
 しかも、動いている。
 俺は目をごしごししてもう一度見る。
「え、ミクが!?」
 頭が混乱する。
 これ、夢?
「マスター、ケーキが食べたい。どうしても食べたくてこっちに来ちゃった」
「あ? ああ分かった。待ってて」
 俺は言われるままに、冷蔵庫からショートケーキを持ってきた。
 ナイフとフォークを二つ揃えて。
 俺はその間に、これは夢であると考えることにした。
 いくらミクが好きでも、さすがに画面から出てくることはない。
 大方、寝落ちしたのだろう。
 それほど、来週の修学旅行はいやだった、
 俺はミクのところにショートケーキを置いた。
「えへへ、マスター。やっとあえたね」
 ミクの喜色満面の笑みに、ドキッとしてしまう。
「ねえ、わたしに切らせて」
「はいよ」
 そう言って、ミクは俺からナイフを受け取る。
「おっとっと」
 ミクはふらふらとしておぼつかない。
「マスター、手伝って」
「うん」
 俺はナイフに手に添えて、一緒に切る。
 ショートケーキを、ミクが食べやすい大きさに切り分けた。
「苺はわたしが全部食べる」
 そう言ってミクは、今度はなんなくナイフで苺を小さく切り分ける。
「え?」
「嘘だもん」
 冗談だったのか。顔を真っ赤にしたミクがそう言った。
 不思議と、許してしまう俺がいた。
 俺とミクはショートケーキを平らげる。
「おいしい。一度食べてみたかったんだ!」
 そういって、ミクは満足そうに言った。
 ん? ミクの頬にちょっとクリームが付いているな。
 俺はそれを手で取ろうとして、
「マスター。一人じゃないよ。だから、ね」
 ミクは俺に近づいてきた。
「だから、行ってらっしゃい」
 ミクは身体を浮き上がらせて、俺の頬にキスをした。
「おやすみ。マスター!」
 くすぐったい感触が、顔全体に拡がって行く気がした。
「おやすみ、ミク」
 俺はそれから意識が落ちるような感覚がして、

 目覚めた。
「んー、んーーーー」
 俺は背筋を伸ばして、起き上がる。
 鮮明な夢で。これほど気持ちがいい夢は久しぶりだった。
 しばらく寝てなかったからかな。
 俺はつけっぱなしのパソコンを見る。
 そこには先ほどのミクがいた。微動だにしない、イラストのミク。
「あれ?」
 ミクの頬に、見覚えがある点があった。
 俺は部屋を見回す。そこには、夢で見たお皿とナイフやフォークが置いてあった。
「…………」
 深くは考えない。
 でも、俺は一人じゃないんだな、とそう思うことにした。
 来週の修学旅行、自分なりの楽しみを見つけよう。
 俺は頬に手を当てて、そう考えることにした。
                              END

ライセンス

  • 非営利目的に限ります
  • この作品を改変しないで下さい

初音ミク その1

小話

閲覧数:132

投稿日:2017/08/28 06:49:38

文字数:1,594文字

カテゴリ:小説

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