悪い男 7 がくぽのローズレッド
ノックを軽く二回。
「俺です。迎えに来ました」
三階にあるルカの部屋まで、がくぽが迎えに来たのは、仕事に行く為ではない。
今日は二人でだけでの観劇。
ルカが観たがっていた、ミュージカルのチケットを手に入れ誘ってみると、喜んで誘いを受けてくれたのだ。
「どうぞ」
中から聞こえる甘くハスキーな声。
がくぽの口元が、微かにほころぶ。
扉を開けると、ルカは鏡台の前に座っていた。
今日のルカの服装は、葡萄茶色のワンピース。ベッドの上には、同じ記事で出来たボレロ風のジャケットが置いてある。
色は渋めだが、上品な中にも可愛らしさが垣間見えるデザインだ。
そう言うがくぽも今日は、スーツにスカーフタイ姿。
「もう少し、待ってくださいね」
ルカがピアスをつけながら、がくぽの方を振り向いた。
「構いませんよ」
がくぽがルカの背後にそっと近づき、鏡越しにルカを見つめた。
「がくぽさん?」
「まだ、これ以上綺麗になるんですか?」
「が、がくぽさん、また、そんなこと」
ピアスから手を離し、ルカは真っ赤になって、鏡越しにがくぽを睨み付けた。
と言っても、目元を赤く染めたままでは、可愛らしいだけだ。
「綺麗ですけど」
ルカの顎にそっと手を掛ける。
「少し口紅が濃いようですね」
そう言って、上を向かせると、ルカの唇に、自分の唇を重ねた。
(えっ!)
ルカが目を見張る。
がくぽはすぐに唇を離した。
「これでいい。ドアの外で待っていますから、慌てず支度をしてください」
それだけ言うと、がくぽは何事もなかったかのように、部屋を出た。
ドアを閉めると、がくぽはそのままドアに背を預けた。
「あれ、殿来てたの?」
屋上への階段から下りてきたのは、カイトだった。
腕の中には真っ白なシーツ。恐らく洗濯物を取り込んできたのだろう。
「ええ、メイコ殿に入れていただきました。これからルカ殿と出かけます」
「うん、聞いてる。ミュージカル……」
カイトが言葉を止めた。
「義兄者(あにじゃ)?」
「ついに、キスまで行ったんだ」
人差し指を自分の唇に軽く押し当てながら、カイトは悪戯っぽく微笑んだ。
「ああ」
がくぽも自分の唇に、人差し指を当てた。
指に移ったローズレッド。
「やっと言ったんだね。好きだって」
がくぽのルカへの想いを、陰ながら応援していたカイトが、嬉しそうに言う。
思わずがくぽは、カイトから目をそらした。
「いえ、それは……まだ」
「ええ?!」
カイトが目を丸くする。
「好きだって言わないで、キスだけした?!それってただの危ない人じゃないか」
ずいぶんな言い様だが、そう言われても仕方がない。
「つい……ルカ殿があまりにも可愛らしくて……」
「ついじゃないよ。めーちゃんに知れたらぶっ飛ばされるよ」
誰よりも妹思い、家族思いのメイコ。恐らくぶっ飛ばされた上に、二度とルカにあわせてもらえないかも知れない。
「……出来れば、ご内密に。武士の情けと言うことで」
「俺、武士じゃないし。だいたいルカ、怒ってないの?」
「……ルカ殿があっけにとられている間に、部屋から出たので……」
「不意打ち?!最悪」
一言もない。
「ちゃんとルカのフォローしとくんだよ。その唇も。じゃないと、めーちゃんに気づかれるよ」
そう言ってカイトは、がくぽの胸の辺りに、軽く拳を当てた。
「義兄者……いつも、すみません」
どうこう言っても、カイトはいつも、がくぽの味方をしてくれる。頼れる義兄なのだ。
「いいって」
そう言うと、カイトは下へと続く階段を降りていった。
(……あやまらないと、いかんな)
全て自分が悪い。
ルカへの気持ちが、あんな事をしてしまうくらい、押さえられなくなっているくせに、ぐずぐずと告白もせずに今になってしまった。
自分の臆病さと、優柔不断さにあきれかえる。
もう一度、ドアをノックしようとした時、中からドアが開いた。
「ル、ルカ殿」
ルカが上目遣いに、がくぽを睨んでいる。
やっぱり怒らせた。
「ルカ殿……その……」
「……もらいます……」
「えっ?」
「口紅が薄すぎです。返してもらいます」
そう言ってルカが、がくぽの横髪を両手でつかみ、引き寄せた。
思わずバランスを崩す。
唇に柔らかな感触。
目の前には目を閉じたルカの顔。
がくぽは慌てて目を閉じ、ルカを抱きしめようとした。
ルカががくぽの胸の辺りを、押して離れた。
「もうちょっと、待っててくださいね」
鮮やかな笑顔を残し、ルカが扉の向こうへと消えていった。
「……」
残されたがくぽは、口元を押さえ、真っ赤になって扉を見つめるしかなかった。
「びっくりしたー!やるなールカ」
階段の方からカイトの声。
「義兄者! 見てたんですか?!」
「うん。ルカの部屋のドアの開く音がしたから、戻って見てた」
やっぱりこの義兄者は侮れない。
「大変だね。殿」
「えっ?」
「ルカは益々手強くなるよ。もうすでに、今でも手強いけど」
意味ありげにカイトが微笑む。
「分かってますよ。きっと俺の手に負えなくなります」
「弱気な発言だね」
「だって、女というのはそう言うものでしょう」
二人は顔を見合わせて、苦笑を浮かべた
「確かにね。俺なんか出会った時から、手に負えないどころか、負けっ放しだからね」
だから男は、少しくらい悪くないと敵わないでしょ。
それがカイトの言い分。今のがくぽの気分。
勿論、端から負けてる弱い男の、なけなしの言い訳。
「義兄者」
がくぽが真顔で、カイトに向き直った。
「何?」
「今夜、俺はあの人を、この家に帰しませんよ。いいですか?」
カイトの笑みも消えた。
「めーちゃんの方は、俺がなんとか言っておく。健闘を祈ってるよ」
二人は顔を見合わせ、不適な笑みを浮かべあった。
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