そして、退院の前日。
「よう、マサ」
「雅彦君、気分はどう?」
野口と飯田が雅彦の病室に来ていた。
「今はすっかり元通りですよ」
「そうか、それは良かった」
「そういえば、お二人は、ミクのライブ、見てましたよね?」
雅彦は問いかける口調だったが、質問の内容は完全に確認である。二人がミクのライブを見ない訳がないからだ。
「おう、もちろんだぜ。マサの研究室で学生に混じって見ていたさ。あそこだと環境はバッチリだからな」
「…ミクちゃん、大変だったのね」
飯田が呟く。
「はい、ライブの翌日、ここに来て、胸のうちを語ってくれました。かなり辛い思いをしたみたいです。周囲に心配をかけまいと思って、悟られないようにしたことが、より一層辛い状況にしていたみたいです」
「俺はマサが研究室に入る前からミクちゃんとは話をしていたが、マサの恋人になってから、精神的に強くなったよな」
「本当です。僕がボーカロイドと一つ屋根の下のいられるのも、元はミクの発案ですし、僕がボーカロイドのみなさんと一緒に住み始めてからも、ミクには色々と助けてもらってます。ミクは、スケジュールが僕より不規則ですし、土日も休めない日もありますから、本当は、僕がしっかり支えないといけないんですが…」
「良いじゃねえか、マサはマサで、メシを作ったりとか食材の買い出しとか洗濯とか掃除とか、誰も手が回らない時に色々とやってるんだろ?自分にできることをしてるんだ、それで十分じゃ無えか?」
「そうよ。ミクちゃんは雅彦君と一緒にいるだけで、心の支えになっているはずよ。だから、もっと自分のことは誇って良いと思うわ」
それぞれ思ったことをいう野口と飯田。
「なら、良いですけど…。ただ、僕がこんなことになってしまったばっかりに、ミクには本当に大変な思いをさせてしまいました」
「マサは何も悪くねえよ」
「…僕もそう思いたかったんですけどね。そうはいかないみたいです」
「どういうことだ?」
不思議そうに野口が聞く。
「…実は犯人が僕を刺した動機を聞いたんですが、いわゆる因果応報という言葉がしっくりくるんですよ。もちろん、犯人が行ったことに対しては、全く肯定も同意できませんが」
「どういうことだ?」
「僕が狙われた理由というのが、僕がアンドロイドの体を持った初めての人類だった、ということが関係しているからです」
「そのことと雅彦君が刺された因果関係が分からないわね」
「はい、犯人は小学生の時、虐めに遭ったそうですが、犯人を虐めたグループというのは、アンドロイドの体を持った子供たちだったそうです。どうやら、犯人は人類がアンドロイドの体を持たなければ、自分は虐められることはなかったと思ったことがきっかけだったようです」
「…なるほどな。一応、理屈は通ってるな。…世間に受け入れられるかどうかは別だが」
「今までは、ミクが大変な思いをしましたが、次は僕の番かもしれません、色々と考えないといけないことがありますから」
場の空気が重くなる。
「…とりあえず、退院したら、退院祝いをしてもらえ、研究室の引き継ぎは、それからでも良いだろ」
「…そうですね」
「そんなことより、マサ、甘いものが欲しくないか?」
「甘いものはいつでも大歓迎です。病院だと食事の栄養バランスはしっかりしていますが、お菓子の類いはあまり出ませんからね。売店がありますが、品数豊富とはいえませんし」
「そうだと思って、俺たちが選んだチョコレートを持って来た。コーヒーと合う奴だから、ここで売ってるコーヒーを買ってきて食おうぜ」
「ありがとうございます」
にっこりと微笑む雅彦だった。
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