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父さんが家を出ていくことになった。ずっと前から続いていた両親の諍い。予感はあったから、悲しくはなかった。むしろお疲れ様です。と思ってしまうあたり、私は可愛げのない娘だと思う。
父さんと一緒に新たな街へ引っ越すか、母さんとこのままここで一緒に暮らしていくか。その選択を迫られたとき、私は迷わずここに残ることを選んだ。だってここにはミクがいるから。
自分を選んでくれなかったことに、父さんは落胆していたみたいだ。けれど、父か母か、どちらかが特に好きなわけではなく、どちらかを選んだわけではなく、私はミクを選んだのだ。そのことをきちんと伝えようか、とも思ったけれど、それもまた面倒なことになりそうだったので止めておいた。上手に伝える自信はなかったし、どうあがいても両親は別れることに変わりないのだから。
夕暮れの、オレンジ色の陽光が眩しい中、父さんが去っていくのを私は玄関先で見送った。母さんと喧嘩ばかりしていたとはいえ、ずっと一緒に暮らしていたのだ。寂しくないと言ったら嘘になる。
春先とは言え、夕方になるとまだ寒い。肩にかけていたストールの前を合わせながら、父さんの背中が小さくなっていくのを見送っていると、ミクがいつの間にかやってきて私の隣に立っていた。
ミクは泣きながら私の手を握りしめてきた。
なんで泣くの?とびっくりして訊いたら、嬉しいから。とミクは言った。
「ハツネのパパはきっと寂しくて悲しいのに、私は、ハツネがここに残ってくれたことが嬉しいから」
ごめんね、そう言ってミクは泣いた。
そんな風に気に病まなくていいのに。私が選んだのは父さんでも母さんでもない、ミクなのだから。
私はミクが泣いてくれるような綺麗で優しい人間ではないのだけれども、ミクがそう信じているのならば、優しい人間でいよう。そんなことを思った。
ミクが私のことを優しい人だと思うならば優しくなろう。綺麗な人でいてほしいと願うならば綺麗でいよう。汚れはそっと背中に隠しておくから。
だから、ずっとそばにいて。ずっとそばにいるから。
そう思いながら私もミクの手を握り返した。
………
「サハラは、A―には何をしに行くの?」
そうハツネと名乗った少女が問いかけてきた。その問いかけに思わず苦笑を浮かべ、サハラは言った。
「別に、目的なんてないよ。旅人だから」
「旅人」
サハラの言葉を反芻して、ハツネは子猫みたいな瞳を瞬かせた。旅人なんて人種には初めて会ったのだろう。好奇心でいっぱいの眼差しに苦笑を深めながらサハラは大したところは回っていない、とどこか言い訳するような口調で言った。
「旅人って言っても、金持ちの道楽でいろいろと回っているわけじゃないからな。働いて稼いで金が貯まったら、次の土地へ行く。っていうのを繰り返しているだけだ」
「でも、いろんなところに行ったことがあるんでしょう?」
「まあ、西の大陸を転々としていたけど」
サハラの言葉に、ハツネは瞳を輝かせた。
「ひとくちに西の大陸って言っても広いよ」
そう言いながら、端から順に有名な地名を上げていく。そのほとんどはサハラが一度は訪れたことのある地名だったが、特に何も言わず、ただ曖昧な笑みを浮かべてやり過ごした。
特に目的なくさまようことを旅というにはおこがましく。人によってはサハラのことを旅人とは言わず、ただの放浪者と呼ぶかもしれない。旅人、といえば聞こえはいいが、つまりは家を持たない者だ。あてもなくさまよい放浪し、金が底を尽きたらその土地で労働をする。荷物はカバン一つきり。それ以上にもならずそれ以下にもならず。
一人きりで旅をする寂しさは常にそばにあった。だからといってどこかに定住をして自由を手放すつもりはなかった。誰か何かに束縛されることに、少しの憧れはあったけれど、恐ろしいことでもあった。
根を持たずふらふらと放浪した結果、いろんな土地を巡ってきた。それだけの話なのだ。
そんなサハラの自嘲を知らず、ハツネは指を折りながら土地の名前を挙げていく。本当に無邪気なものだ、とサハラは笑った。
「ハツネも旅人になりたいのか?」
サハラの問いかけにハツネはしかし、首を横に振った。
「少しあこがれる、けど。でも私はミクと離れたくないから」
そうはにかむように笑って言う。その笑顔に、合点がいくものがあり、ミクっていうのが大切な友人か。と確認するようにサハラは言った。
「A―にはミクに会いに行くんだな」
そう尋ねると、ええ、とハツネは嬉しそうに笑った。
よっぽどそのミクという子が大好きなのだろう。崇拝しているといってもいいくらいなのかもしれない。ハツネの声色に一途なものを感じていると、何かを思いついた様子でハツネが手を打った。
「ああ、そうだ。ミクと一緒にだったら旅人になってもいいかな」
「ずるいなあ、それは」
思わずそう言って苦笑したサハラに、どうして、とハツネが不思議そうに首をかしげながら見返してきた。
「ミクといっしょじゃあ旅人になれないの?」
「いや、なれなくはないだろう。けど、隣に誰かいて、手をつないで進んでいてもそれは本当の自由とは違うと思うよ」
「じゃあ別に自由なんていらない」
案外面倒なのね、旅人になるっていうのも。そう言って肩をすくめたハツネをサハラは少し羨ましく感じた。
自分が切り捨て置いていったものを、この少女は簡単にその手の中に収める。自分は、自由でいるために、「誰か」の手を取る行為を捨てたのだから。羨ましいと思うのは違うかもしれない。けれど時々、当たり前のように自分を縛るものを慈しむことができる人のことを、サハラは羨ましく思ってしまっていた。
「自由よりもミクを取るんだな。そんなにミクが好きか」
サハラの言葉に、ハツネは一瞬驚いたように目を見開き、考えたこともなかったわ。と言った。
「好きとか嫌いとか、そういうこと、考えたこともなかった。だって、ずっと一緒にいたのよ」
空気中に酸素があるのと同じことのように、光には影がついてくることのように。まるで当たり前のことのようにハツネは言った。
「好きとか嫌いとか、わからないわ。けど、ミクがいなければ私はだめになってしまうとおもうの」
それは冗談を言うような口ぶりだったけれど、その瞳は笑ってなどおらず。これは少女の本心なのだろう、とサハラは思った。
束縛のような、そうでないような。たった二人きりで完結している世界は、ずっとひとりきりでたくさんの人の中を旅してきたサハラには計り知れないものだった。少し狂信的だと思った。怖いと思った。けれどそれ以上にこの少女と少女が愛するもうひとりの少女に興味を持った。
蒼の街・2~Blue savant syndrome~
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今回は3ページと、比較的コンパクトにまとめることに成功しました。
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