「マスターのおにぎり。美味しそうでした。おれ、うまく握れなかったんです。」
今度は一体何を言いたいのか。
突然脈絡のない事を言い出したカイトに、マスターとメイコはきょとんとした表情で顔を見合わせた。カイトは何が言いたいのかよく分からない。と首をかしげる二人にカイトは更に言葉を紡いだ。
「あげはちゃんもあげはちゃんのお母さんも、笑顔で食べてて、おれ、いいな。って思ったんです。」
「カイトも、マスターのおにぎりが食べたかったの?」
話がどこに向かっているのか分からないながらも、そうメイコが問うと、違う、とカイトは首を横に振った。
「マスターは、音楽だけじゃなくて色んなことで人を笑顔にできるから。おれはマスターの事が羨ましいな。って思いました。だから、いいな、って思って、それで、」
そう言ってカイトは、ええと。と言葉に詰まった。
混乱した様子でもしゃもしゃと頭をかきむしり、もどかしげな表情を見せるカイトに、メイコはふと笑みをこぼした。
カイトの言いたいことがメイコは分かった。それは元気のないマスターの様子にメイコの中でも生じた感情だから。きちんと、伝えたいことが頭の中で整理されていないうちに言葉を発するなんて、アプリの癖になんて間抜けなんだろう。と、思う。このまま混乱しているカイトが話し続けるよりは、きっと自分が言ったほうが分かりやすい。そう理性と呼ぶべき感情がメイコに告げる。
けれど考えがまとまらないながらも、マスターに伝えたい一心でしどろもどろの言葉を発したカイトは、間抜けだけど凄く素敵だと思ったから。
メイコは何も言わず、困り果てた様子のカイトの手を握った。驚いた顔でこちらを見つめてきたカイトにメイコは微笑んで、カイトの大きな手のひらを強く握った。メイコの笑顔にカイトもゆっくりとはにかむような微笑みをかえしてきた。
ぎゅ、とメイコが繋いだ手をカイトも強く握り返してきた。
少し間をおいてからカイトは再び口を開いた。
「マスターがみんなを笑顔にするように、おれらはマスターに笑顔になって欲しいんです。」
二人の視線の先でマスターが、目じりを赤く染めながらも笑顔を見せた。
「美容にも悪いし、もう寝るね。二人とも、深夜のデートはほどほどにしなさいね。」
そう茶化すマスターの言葉に、だからデートじゃないですっては。とメイコも笑いながら、おやすみなさい。と言った。
その小さな背中を見送り、メイコは帰ろうか。とカイトに言いって、きらきらと電子がひかるくらい道をゆっくりと二人で並んで歩いた。
いつも長袖に隠されているカイトの腕が、半そでTシャツの袖から露になって伸びているのがなんとなく目に付いた。一見ひょろりと頼りないくせに、筋肉質ではあるな。とメイコは思った。並ぶメイコの細くて柔らかな腕と異なりカイトのは筋張った感じが硬そうだ。そういえば先ほど握り締めた手も大きかった。やっぱり男の人なんだな。とメイコはぼんやりと横に並ぶカイトを眺めた。
結局、自分はなにもできなくて。カイトがマスターを笑顔にしたんだな。と思ったら少し悔しかった。本人はきっとそんなつもりはなくて、むしろ、おれってちゃんと話もできなくて駄目だ。とかへこんでいる様子で。そのことが腹立たしくて、思わずメイコは手を伸ばして、ばしり。とその背中をひっぱたいた。
「え、何メーちゃん。」
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