悪い男(6)~現金と密約~
正月の朝-と言っても、もう朝九時前。
メイコはそっと、玄関のドアを開けて、家の中に滑り込んだ。
普段着にコートを引っかけただけの姿。手には少し大きめの財布。
家に入るなりメイコは、大きくため息をついた。
「めーちゃん、お帰り」
突然掛けられた声に、飛び上がりそうになる。
リビングの方から出てきたのは、カイトだった。
今日はいつもの服装と違い、濃紺の着物姿。
奥のキッチンで、立ち働いていたのだろう。袖が邪魔にならないように、襷(たすき)を掛けていた
(やだ……格好いい)
思わずその姿にメイコは見とれた。
そんなメイコには構わず、カイトは襷を取ると、メイコの前に正座し、深々と頭を下げた。
「明けましておめでとうございます。本年もよろしくお願いします」
カイトの丁寧な挨拶に、メイコは慌てて靴を脱いで上がると、つられたようにその場で正座した。
「あ、明けましておめでとう。こちらこそ、よろしく」
メイコが顔を上げると、カイトはまだ頭を下げていた。
「あの……カイト?」
カイトが顔を上げた。
「めーちゃん」
いつになく真剣な声。
「な、なに?」
「見ての通り、俺はボーカロイドの長男としても、めーちゃんの恋人としても、まだまだ未熟者です。今年もやっぱり俺が馬鹿で、めーちゃんに、色々迷惑を掛けることもあると思うけど、俺、頑張るから。どうか、よろしくお願いします」
そう言うと、また頭を下げた。
(……カイト……こんなに立派に挨拶をするようになって……)
思わず出てしまう姉心。
「な、なに言ってんの。カイトはやれば何でも出来るんだから。今でも立派なボーカロイドの長男だよ。それに私だって、カイトのこと、すごく頼りにしてるし……今年もお互い助け合って頑張ろうね」
「うん、ありがとう、めーちゃん」
顔を上げたカイトの、いつもと同じ屈託のない笑顔。
メイコもつられて微笑んでいた。
「さて、お雑煮の準備をしないと」
カイトが立ち上がろうとした。
「あっ、そうだ、カイト!」
慌ててメイコが、カイトの着物の袖をつかんだ。
「なに?めーちゃん」
メイコの顔は真剣そのもの。というか、どこか切羽詰まっている。
「教えて!お正月はいつからATMでお金おろせるの?」
「えっ?いつでもおろせるでしょ?」
「うそっ、おろせなかったわよ」
メイコが手にした財布から、カードを一枚取り出した。
カイトがカードを受け取って、確認した。
「ああ、これ、ゆ○ちょ銀行のカードだね。あの銀行は正月三が日、お金をおろせないよ」
「……なんですって?!」
「大抵の銀行は正月関係無しで、引き出せるけど、ここは一月一日から三日までATMストップ。当然窓口も開いてないよ」
「……ど、どうしよう……お金がない」
メイコは顔面蒼白だ。
「ふーん」
なのに、どこか暢気なカイト。
「別になくてもいいんじゃない」
「な、なんで」
メイコが正座のまま、カイトに詰め寄った。
「だって、何か欲しい物があったら、クレジットカード使えばいいし。それに全く無一文って訳じゃないでしょ。自動販売機とかで、コーヒーを買うくらいなら……」
「私に必要なのは、そんな金額じゃないの!クレジットカードじゃだめなの!」
「……いくら必要なの?」
「25万ぐらい……」
カイトが目を丸くした。
「正月早々、何に使うの?」
「お年玉よ、お年玉!」
「ああー」
カイトもようやく合点がいった。
メイコは毎年、いや、メイコに限らず、ボーカロイド達は、自分よりも後から生まれた物に、お年玉を配るのが慣例だった。
この風習は二〇〇七年のお正月、メイコがカイトにお年玉を渡したことから始まった。
その時、メイコは言った。
『カイトも、弟や妹が出来たら、ちゃんとあげるのよ』と。
メイコの言うことは絶対。
なカイトは次の年、ちゃんとミクや鏡音'sにお年玉を渡した。
もちろん、メイコはカイトも含めた全員に渡している。
皆がそれに習ううちに、いつしか風習になってしまったのだ。
ちなみに誕生日が同年同月同日に集まっているキヨテル先生周辺では、行って来いと言うことで、お年玉のやり取りは省略されている
そしてボーカロイドは徐々に増え、それにつれて、長女であるメイコの支出も、結構洒落にならない金額になっていった。
メイコが皆に渡すお年玉の金額は、一律一人一万円。
これは生まれた年、年齢設定関係無しに同じ。
いちいち差をつけるのが面倒。というメイコの男気あふれる決断からそうなっている。
もちろんカイト以下、皆これに習い、お年玉の金額に差はつけていない。
もっとも神威がくぽ氏が、巡音ルカ嬢に渡したお年玉だけが、小さなお年玉袋ではなく、どう見ても、バッグか何かが入っていそうな、どこぞのブランド物の紙袋だったりと、個人的に細かい……いや、そこそこの差異がある場合もある。
「お年玉、用意してなかったんだね」
「暮れまで忙しくて、忘れてた」
メイコ姐さん痛恨のミス。
「他の銀行は……、ああ、めーちゃん、ゆ○ちょ銀行一本だったね」
「うん……」
うなだれるメイコ。
「……貸そうか?」
カイトの一言に、メイコは慌てて顔を上げた。
「持ってるの?!カイトがみんなに渡すお年玉の他に?」
カイトがお年玉に使う金額も、メイコと変わらない。メイコが出す金額引く一万円なのだから。
それ以上に持っているとは……。
「うん、何かあった時のことを考えて、二十五万ほどいつも新札で用意しているよ」
「ほっ、ホント?でも、何かあった時って……」
「うん、急な冠婚葬祭とか」
おまえは主婦か?!
思わず突っ込みそうになったが、メイコにとって、今はそんなこと言ってる場合じゃない。
「貸して!」
「いいよ。けどただじゃ嫌だ」
「……どういうこと?」
「今夜から一週間。ずーっと、めーちゃんのベッドで一緒に寝ていいのなら、貸してあげる」
いつも通りの暢気な笑顔から出たとは思えない、交換条件。
確かにカイトとは恋人同士。
寝泊まりさせるのが嫌だというわけではない。
ただいつもなら、カイトがメイコの部屋で夜を明かすのは、週に二,三度のことだ。
一週間ずっとというと、ちょっと勝手が違うというか、色々と大丈夫かというか……。
「別に難しくないでしょ。俺、部屋汚さないし、ちゃんとベッドのメイクもするし」
そう言う問題じゃない!
と言いそうになったが、そこはぐっと押さえた。
今ここで、カイトの機嫌を損なうわけにはいかない。
あまり、怒らないカイトだが、機嫌を損ねた時の、怒りっぷりの根深さと、機嫌回復までの時間の掛かりようは、半端ではない。
前にカイトを怒らせたのは、確か三年ほど前。
キヨテル先生達のバースディパーティの時、カイトの目の前で、酔っ払ってうっかりキヨテル先生に抱きついてしまった時のことだ。
カイトはメイコを叱りつけたり、泣き言を言ったりはしなかった。
その代わり二週間ほど口をきいてもらえず、メイコに触れようともしなかった。
ボーカロイド一の苦労人と言われるだけに、辛抱強さ、忍耐強さも半端ではない。
仕方なく、メイコが謝り倒して、なんとか仲直りをしたのだ。
重ねて言えば、気の毒なのはキヨテルで、今をもって、カイトはキヨテルへの当たりが厳しい。
「一週間……よね」
振り絞るように、メイコが言った。
目の前では、カイトが嬉しそうに、何度も頷いている。
ミク達が、みんなにお年玉を配っているのに、長女である、しかもお年玉制度を作ってしまった自分が、今年のお年玉を踏み倒すわけには行かない。
もう少しすれば、みんながこの家に、メイコへの挨拶にやってくるだろうから、家主や他のスタッフに借りに行く時間もない。
それに他に、これだけの大金を、即座に工面する当てもない。
さらにカイトなら、メイコが薄情にも、みんなへのお年玉を忘れてた……なんて、ことは絶対にばらさない。
別に嫌な相手と、一週間ベッドを共にしろと言われているわけではない。どちらかというと、好きで好きでしょうがない位の相手だ。
自分に選ぶ道はない。
メイコは腹をくくった。
「分かった。一週間、同居してあげる」
実に色気のない言い方。それでもカイトは嬉しそうに頷いた。
「うん。じゃあ、俺、お金取ってくるね。お年玉袋に入れるの、手伝ってあげる」
そう言って立ち上がると、階段を駆け上がっていった。
……今年は……カイトに振り回される一年になるかもしれない。
嫌な予感がするメイコなのであった。
【カイメイ】悪い男(6)~現金と密約~
お年玉リクエストで書いた物。コラボに投下したのと、同じ物です。
なんだかお正月のボカロさんちでは、すごい金額が飛び交っていそうですね。
二十五万は、おおざっぱな金額です。公式ボカロ+非売品ボカロでこれぐらいかな~と。亜種まで入れたら、めーちゃん死にます。
ちなみに今年の神威がくぽ氏から、巡音ルカ嬢へのお年玉は、どこぞのジュエリーブランドの袋に入っていました。
忘れていましたが、鏡音'sも行って来いです。
1/21 この作品を「悪い男」にカウント。理由-兄さんが十分悪い男だから。
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