庭に面した大きな硝子の窓の向こう。音のした方へ視線をやると、庭先にあげは母娘が立っていた。突然の訪問者にマスターが驚いてピアノから離れ、からりと窓をあけた。と、そこからあげはが上がり込み、マスターに抱き着いてきた。
リンが、とあげはが言った。
「私の代わりにマスターを抱きしめて、て言ったの」
そう言って抱きしめているあげはの首にぶら下がっている携帯電話から、私だけじゃなく、レンだっていったもん。とリンのむくれたような叫び声が響いてきた。
その様子に、じゃあレン君の分、とあげはのママも微笑んで庭から家の中へと上がり込み、マスターを抱きしめた。
「二人とも、あげはちゃんたちを呼びに行ったの?」
左右から抱きしめられながら驚いた声を上げるマスターに、私たちだけじゃないわよ。とリンが言った。
まるでリンの言葉に返事をするかのように、あのう、と再び庭先から声が響いてきた。
「がくぽさんから小岩井さんが一大事と言われて、来たんですけど。大丈夫ですか?」
そう言って薄闇の中から顔をのぞかせたのは、結子だった。仕事を終えてすぐに来たのかもしれない。その格好は銀行の制服のままだった。
あげはたちと同じように結子も又、おじゃまします、と縁側から家の中に入り込んだ。
「もう、結子さんまで玄関から入ればいいのに」
思わず、といった感じで苦笑を落としながらそう言ったマスターに、あげはちゃんたちも見えたし、なんか最近庭からお邪魔することが多かったものだから。と結子は苦笑を浮かべながら返事をした。
「で、大丈夫なんですか?小岩井さん」
そう微かに首を傾げた結子に、抱きつかれたままのマスターはどう返事をすべきか迷うように微笑んだ。
と、キキッ、と自転車が急ブレーキをかける音が外から響いてきた。そしてぴんぽんぴんぽん、とものすごい勢いでチャイムが家の中で響き渡る。何事か、と問う前に男の子の声が響いてきた。
「小岩井さん、無事ですかっ、兄ちゃんに言われて来たけど、何があったんですかっ?」
その声に、マスターの腰回りに抱きついたままだったアゲハが顔を顰めた。
「あ、ガリ勉だ」
なんであいつが来るんだ。と悪態をついたあげはに、いつの間に戻ってきたのか、ぐみが、ミムラさん経由でガリベン君に伝えてもらったんだよ。と言った。
「抱きしめる手は沢山あればある程良いでしょう?」
「だからって、ぐみさん。あいつまで呼ばないでよ」
ぶうとむくれたあげはの頭をなでて、マスターは楽しげに笑っていた。
笑ってくれた。
かなわない。と思う事は日常のあちこちに転がっている。
自分たちはまだ画面の向こうには行けない。けれど
こうして電子の道を走って、助けを呼ぶ事だってできるのだ。
いつか、必ずこの透明な壁の向こう側に行くから。それまで笑っていて下さい。
皆と一緒に歌い笑いながら、ルカはそう願った。
透明な壁・7
ここまでお読みいただき、ありがとうございました。
いちおう、ここまでのが今回の話の流れのひとつだったのです。
なので、これを書かないとどうにも気持ちの治まり具合が悪かったので、猛ダッシュで書いてみました。
というわけなので、凄い勢いで書いてしまったので、見なおした後、書きなおすかもしれません。なんか荒いところが沢山ありそうだ。
一応ルカさん視点なのですが、あまりルカさんぽくなくなってしまいました…。というか、なんかそういう意味では失敗。くそう。
それでは、お読みいただきありがとうございました!!
追記・一応誤字、直したけども…まだありそうな気がしなくもなくもない。
コメント4
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ayumin
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ご意見・ご感想
wanita
ご意見・ご感想
遊びに来ました!……読み手に手渡すように終わった前回のシリーズが、きれいに着地して、かなりほっとして、嬉しかったです。
透明な壁。そういえば、かれらは実体化していなかったなと☆かれらはいつも、画面の向こうでともに泣いたり笑ったりしていてくれたのですね。そんなことなど忘れそうなあったかいふれあいが、いつも楽しみで読んでいます。
「消失」は、実は苦手な歌でした。「悪ノシリーズ」と同じく、「けなげに消える(死ぬ)ことが美しいはずは無い、どうして人気があるんだ」と、ずっと心の中で反発していました。sunny_mさんの物語で登場するマスターや関わったボカロたちの行動を追体験していく中で、私の中でのそんなもやもやにも、ひとつ決着を見た気がします。
「避けられない苦しみに決着を付けていく」といういきさつが、もしかしたら、今苦しい人々に光を見せるのではないかと感じました。
人に愛される歌は、なぜ愛されるのだろうか。
自分がこれから作品を書いていく上で、「人気はあるけど向き合いたくない歌」を、考えさせるきっかけになったと思います。いや~☆非常な「苦しみ」を、楽しませていただきました!
2011/07/23 23:16:31
sunny_m
>wanitaさん
コメントありがとうございます?☆
こっちの話は元々、消失の話と続きで考えていたのですが、うん、エピローグ的な扱いですね。
ほっとしていただて、なによりです^^
おぅ、苦手な歌でしたか!!なのにコメントありがとうございました!!
何かをなくす。というのはあちこちに転がっていて。なくした時に悲しいのは何もできなかったからで。だけど何かができたら悲しくないのかな。いやそんなことはないな。
とか、今落ち着いて読み返したり、wanitaさんのコメントを見てたりして、つらつらと考えてしまいました。
書いている最中は、ホント追いかけるのに精いっぱいなので、ぼんやりとした感じなのですが(笑)
こうしてコメントを頂けたりすると、ちゃんと考える事が出来て良いですね?
ばあちゃんマスターではまだ彼らは実体化していない時代なので、そこらへんのもだもだしたのをかければ良いなぁ。とも思っていましたので、今回、これで、とりあえずそこは書けた!という気分です☆
お読みいただき、ありがとうございました!!
2011/07/24 11:12:07
日枝学
ご意見・ご感想
微熱の音1からここまで読了! いやあ、微熱の音といい透明な壁といい、決め細やかな心と感情の変化が繊細な言葉で書かれていて、とても良かったです! 特に、透明な壁の一番最後で「透明な壁」という言葉の意味を理解したときはおおおおおってなりました。タイトルって、大切ですね。これがもしタイトルが別のもので、唐突にここで「透明な壁」という言葉が出てきても、そこまで感動は受けなかったかもしれませんが、タイトルで「透明な壁」とあって、このタイトルどういう意味だろうと考えながら読み進め、最終的に分かるという構造だと、なんというか、作品に一つの真っ直ぐに立っている筋のようなものを感じました。
いやあ本当に良かったです。微熱の音以前も続き物として続いていたのですね。今度読んでみます!
執筆お疲れ様でした!!
2011/07/14 23:48:36
sunny_m
>日枝学さん
コメントありがとうございます?
長い話を読んでいただき、本当に嬉しいです☆
タイトルについてですが、実は私、タイトルを付けるのがとても苦手なのです^_^;
いっつも最後の最後になってから付けているのです?。
毎回毎回、タイトルとかつけるセンスが欲しい…と思っているので(笑)褒められるとなんだか嬉しいです。
よかった!なんか良かった!!
ばあちゃんマスターは、そうです。一応ひとつひとつでも分かるようにはしてありますが、シリーズものとしています。
小説ブクマのばあちゃんマスターのカテゴリ内のもの、あるいは一話目にMasterと書いてあるのがそうなので、良かったら読んでみてください^^
それでは、読んでいただきありがとうございました!!
2011/07/15 18:42:47
時給310円
ご意見・ご感想
こんばんは、sunny_mさん。読ませて頂きました。
や~、前回のレスにあった含み笑いはこういう事ですか、なるほどなるほどw
起こってしまった事は変えられないけど、そこにささやかながら救いがあって良かったです、ええ。
個人的には胡瓜の馬と茄子の牛のくだりが良い感じだなぁと思いました。ただ地の文や台詞で「さみしい」「悲しい」「やりきれない」と書くより、こうして間接的に表現された方が余計にグッとくるものがありますね。こういう所は流石にsunny_mさんだな、と思いました。おみそれしました。
終始一貫して「抱きしめる」という行為にまつわる話だったと思います。
ボーカロイドが「抱きしめる」ための、文字通り最大の障壁。なるほどそれでこのタイトルなのか。
最後の解答、お見事でした。
なんか、うん。色々書きましたけど、結局うまく感想言えていないような。
良い話でした、すごく。ありがとうございました。
2011/07/09 19:40:52
sunny_m
>時給310円さん
コメントありがとうございます?!
そうなんです。丁度これを書いている途中だったので、にやりとしていました(笑)
茄子ときゅうりのネタは、本当は去年のお盆に書く予定でしたが(笑)すっかりスルーしてしまったので、ここで使っちゃいましたw
きゅうりのうまで駈けてきて、茄子の牛に乗ってお土産をたくさん持ってゆっくりと還ってほしい。というのは子供の頃に知った知識であやふやなものだったのですが^_^;
こういう情のこもった風習というのは、なんだか忘れられなくて。バチあたりかもしれませんが、つい使っちゃいました。
ばあちゃんマスターの根底にあるものが、なんだか温かいもの!というのがあって。
私自身の手も本当に何もできない手ですが、撫でたり抱きしめる事ならできるよ!というのがずっとあって。
その二つを混ぜたらこんな感じになりました^^
お読みいただき、ありがとうございました?!
2011/07/09 22:31:09
藍流
ご意見・ご感想
るいせんがほうかいした。
こんばんはです、sunny_mさん。
ちょっともう、これは。こういうのホント弱いんですよぅ。
前回は胸が締め付けられて押し潰されて、泣いて終われない苦しさがありましたが。
今回はその押し潰し締め付けたものを、全力の優しさとぬくもりで解き放たれて。涙腺が、もう。決壊しました……;;
これは前回分と分けたのも上手いところですね(個人的な好みですが)
何やらもう嗚咽が引っかかってて胸苦しいもので文章もまとまらないんですが。
ボカロ勢が何の言葉を交わさずとも一斉に駆け出すあたりからが特に、ほんとにもう大好きです……!
何なんだろう、この、優しさなんだけど『優しい』じゃニュアンスが違う感じ。ふわふわやわらかい『優しい』じゃなくて、もっと力強い――むしろ猛々しくさえあるような、この感じ。エネルギー? 厳冬を越えて春に一斉に芽吹く生命のような。あぁもう上手くいえないけども!
語り手がルカさんだったのも、この話には良かったと思います。
自分達は『そこ』へは行けなくて、抱き締める事はできなくて――でも、抱き締めてくれる人達を呼ぶ事はできる。
それを素直に喜び、誇らしく胸を張れるのが、いかにも(sunny_mさんのこのシリーズの)ルカさんらしい。
同じ事をしても、『これしかできない』って考える事もできるじゃないですか。結果としてマスターは救えるのかもしれないけど、『自分が』触れられない、と、もどかしく思うパターン。
そうじゃなくて、こんなにもあたたかく前向きに捉えて開放できるのが素晴らしかった! おかげで涙腺が(それはもういい)
とんとん触れたり抱き締めたりしてあったかいクリプトさんちの兄妹も、一緒にあわあわして無力感に落ち込んで、でも頑張ろう、と苦笑を交わすがくぽ&ルカさんも素敵でした!
ルカさん達は落ち込んでたけど、苦しい時に泣かせてくれる存在っていうのも、もうそれだけで救いの手だと思います。っていう事も年長組は思いつつ、お見通しで見守っているのかなと妄想してみたりw
今回もまたまとまりが無い上に長くなってしまいましたが;
次回作も(何が来るのか?という事も含めて)楽しみにしています!
追)誤打・誤変換が目に付いたので、そろっと直された方が宜しいかと^^; 折角いいシーンなのに勿体無かったので。
2011/07/07 00:10:13
sunny_m
>藍流さん
コメントありがとうございました!!
おおお、ほうかいさせてしまった…!!
救いが必要だったみたいです、私もミクたちも。
終わる人は終わりかもしれないけれど、生きて行く人はこれからが続いているから。と、そういう気持ちもあって、消失を書いている時にはすでにこの話も頭の中では出来上がっていました?。
元々、マスターの話を書き始めた時点で「皆がマスターのために四方八方に走り出す」というイメージがあって。
(でも走り出す理由はまた別のものだったのだけど)
なので、この話もここまできましたか?。という気持ちでいっぱいです。
ルカさんは足が遅そうだから、見守り組です(笑)
ルカさんチョイスで良かったですか。それは本当に良かったです。
も?ね。レンと迷ったのですが、こういう方向に思考を持って行ってくれそうなのは、おっしゃる通り、ルカしかいないなぁ。と思って。
ぼんやりしてて、マイペースで、だけど基本がポジティブな子。というのがこのルカさんで。
そういうところをもう少し出せたら良かったなぁ。と思いつつ。でも、ぼんやりな子って、どうすれば表現できるんだ!?とも思いつつ^_^;
もう少し精進しないとなぁ。と思った場所でもあります…。
まだ書いたばっかなので、そこから抜け出せてなくてぼんやりした感じで(笑)なんだかとぼけたコメント返事しかできなくてごめんなさい?;
でも嬉しいです!ありがとう!!
そして誤字脱字などなども、一応、見てみたけれど…まだ見落としていそうな気もしますw
元々、多いからなぁ、誤変換とか…
読んでいただき、ありがとうございました?☆
2011/07/07 20:02:10