「綺麗だね、蓮君。」
未来先輩は待ち合わせてから終始ご機嫌だった。場所は大通り公園、イルミネーションが深く積もった純白の雪に反射して幻想的な光景を作り出している。そうですね、と答えてみるが正直、僕には余裕がなかった。何しろデートなんて初めての経験なのだ。時折今頃苦労しているだろう妹のことが頭をよぎるのは少なくない罪悪感を覚えているせいか。とはいえ、それについて深く考えることは不可能に近かった。リンに悪いとは思いながら、正直に今は未来先輩とどうやって今日を過ごすのかを考えるだけで精一杯だったのだ。
「ねぇ、何か飲む?」
イルミネーションの端、テレビ塔の真下にはロッジ式の店舗が出店していた。十店舗程度、スープやらソーセージやら、様々な出店がある。
「寒いですから、温かいものでも。」
賛成、と未来先輩が言った。二人でミネストローネを買って、ゆっくりと口に含む。少し冷えていた体がすぐに温かくなっていった。未来先輩はあったかい、と言って笑う。可愛らしかった。この表情を見られただけでも、デートの価値があったなと思えてしまうほどに。
だけど、どうやらこのまま静かにデートを終わらせてはくれないらしい。
ちらりと、僕は背後を振り返った。二人の男女がびくりと体を震わせて、物陰に隠れる。見え見えですけど。
「ね、あの二人誰かのかな?」
当然に未来先輩も尾行に気づいている。僕は小さな溜息を洩らした。
「僕の高校時代の同級生です。寺本君と渋谷さんと言います。」
「何しに来たのかしら?」
「デートだと思いますけれど。」
「それなら普通に歩けばいいのにね。あんな尾行まがいのことをしなくても。」
「そうですね。」
とは言え、理由は一つしか思い当たらない。僕が女性を連れているのを見て、声をかけるタイミングを逸したのだろう。
「気になるなら寺本君に言ってきますよ。」
未来先輩に言うと、彼女はぐい、とミネストローネの最後の一滴を飲みほした。
「このままでいいわ、それよりもね。」
ダストボックスに紙カップを入れて、突然に。
僕の腕に、その細い腕を絡めた。
「ちょっと、先輩・・。」
気恥ずかしさを覚えて、慌てて言う。背後でおお、という声が聞こえた気がした。
「いいでしょ、蓮君?」
そんな風に上目づかいに言われたら、僕でなくても大抵の男はときめいてしまうだろう。
「いいですけど、二人が誤解を。」
「嫌なの?」
少し拗ねた。なんだか今日は、その顔も凄く可愛らしいです。
「・・嫌じゃないです。」
「じゃあ行きましょう、少しお散歩したいわ。」
そう言って未来先輩が歩き出す。ミネストローネではない理由で、体が温かくなってきた。防寒具越しでも、未来先輩の体温はちゃんと伝わってくる。この感覚は何と言えばいいのだろう。ほっとする? それとも。
愛おしい?
そう考えて、僕はほんの少し赤面した。気恥ずかしさを覚える。その間も、未来先輩は色んな事を話していた。殆ど聞いているばかりだったけれど、それはそれで楽しいと思った。多分、これを幸せというのだろう。
やがて、僕たちは大通り公園の中腹に到達していた。電飾はここで途切れて、唐突に薄暗さが増した。人の気配もない。
いや、尾行を続けているらしい二人の気配だけはしっかりとあったけれど。
「ねぇ、鏡君。」
未来先輩が立ち止り、そう言った。戻るのだろうか、と僕が考えたとき。
キス、された。
それは一瞬。やわらかな、それでいて若草のような未来先輩の唇が触れる。僕は沸騰するように顔が熱くなって――きっと耳まで真っ赤になっていたに違いない。何が何だか分からなくなって、のぼせたように頭がぼうっとした直後。
「ええええええ!」
という叫びに、僕は我に返った。
渋谷さんの声だった。
「えええええ! ちょっと、満、うわ、御馳走さま!」
落ち着けよ。それから袖を引っ張り過ぎだ。
「馬鹿、声がでかい!」
「だって、だって! だってだよ!」
みのりは極度の混乱に陥っているらしい。こうなるともう止まらない。当然ながら鏡と謎の美女にも気付かれている。
「あー、その、なんだ。」
ここは素直に謝るところだろう。
「すまん、悪いとは思ったんだが、後をつけていた。」
「あ、いえ、その。こちらこそ。」
鏡が言った。珍しく混乱していた。キスシーンを見られているのだから、困惑して当然だと思うが。
「いや、お前に恋人がいるなんて知らなかったから、つい興味本位で。」
「えと、恋人と言うか。」
鏡がそう言いかけた。ん? 違うのか、と俺が思った時。
謎の美女が満面のいや違う、不敵な笑みを見せて、堂々と言った。
「初めまして。蓮君のお友達ですよね? 私、蓮君の恋人の初音未来と言います。」
ぎょっとした顔を見せたのは鏡。おお、と瞳を輝かせたのはみのりだった。
「未来先輩、えと、それは。」
「そうよね、蓮君?」
「・・はい。」
あの鏡が尻に敷かれている。見た目だけでなく相当の女性らしい。苦労しそうだ。
「良かった、鏡君格好いいのになかなか彼女ができなくて、ちょっと心配していたんですよ!」
みのりが言った。まだ興奮から冷めていないらしい。
「そう、すごく朴念仁なんです。もう少し勘がいいと楽なんですけど。」
未来という女性が答えた。
「あはは、男なんてそんなもんですよ! 私だって満にずっと置いてきぼりですし。」
「そうなんですか?」
「そうなんです! 私を置いて勝手に東京に行っちゃって、本当我儘で!」
「苦労してますね。」
「未来さんこそ。えと、先輩ですよね?」
「蓮君と同級生でしたら、一つ上になると思います。」
「じゃあ、私も未来先輩って呼ばせてもらいます!」
「是非。そう言えばお名前を聞いていませんわ。」
「そうだ、ごめんなさい! 私渋谷みのりです。みのりって呼んでください! こっちは彼氏の寺本満です。」
「初めまして、みのりさん、満君。」
あ、どうも、と俺は答えた。みのりと未来先輩とやらは一瞬で意気投合してしまったらしい。早速楽しげなガールズトークに花を咲かせ始めた。ようやく解放された俺と鏡はお互いに溜息をついた。それも随分と重たいやつだ。
「お前、苦労するぞ?」
「・・やっぱり、そう思います?」
鏡にしては珍しく、何かを諦めたかのような口調で、そう言った。
結局四人で飲むことになり、僕は寺本君と渋谷さんに案内されて山崎君がバイトしているという焼き鳥屋に向かった。口には出さなかったけれど、正直助かったと思う。一応未来先輩が喜びそうな店は選んでみたけれど、僕自身一度も言ったことのない店は何かとリスクが高いと思う。
店内は相当に空いていて僕たちのような男女連れはほぼ皆無。クリスマスにはちょっと雰囲気が合わないせいだろう。とはいえ、出される食事とお酒はどれも美味しいものばかりだったけれど。
「おう、くそ、何なんだこの待遇は。鏡は結局裏切りやがるし!」
手が空いているのだろう、山崎君は時折僕たちのテーブルに来て会話に参加していた。すみません、と心から申し訳なくなって答えると、「うるせーよ、」とぶっきらぼうな答えが返ってきた。とはいえ目が笑っているから、本当に怒っている訳ではないらしい。ともかく、寺本君と飲むのは随分と久しぶりで、その内本当に暇になったのか山崎君もテーブルに座って、僕たちは懐かしい話に盛り上がった。時間は瞬く間に過ぎて行って、気付けば閉店の時間。あっという間だった。
「この後、どうするんですか?」
店を出たところで、僕は寺本君に尋ねた。終電は間もなくだ。
「この後は二人で。」
寺本君が答えると、渋谷さんが少し恥ずかしそうに視線を落とした。余計な詮索をしたかも知れないと思い、ああ、とだけ答えた。
「それじゃあ、私たちもここで。」
未来先輩がそう言うと、僕の手を握った。見送りに来た山崎君が畜生、お似合いだぜ、と言った。
そのまま、別れを告げて二人で歩きだす。気付けば降り出していた雪の中を、二人で。
思えば、ずっとこうして歩きたかったのではなかったか。あの時から、真珠の湖で出会ったころから。これまでどこか遠慮しながら過ごして来たけれど――
「ねぇ、鏡君。」
未来先輩が言った。なんでしょう、と答える。
「嫌じゃ、なかった?」
「いいえ、少し驚きましたけれど。」
とても、幸せだった。
「なら、鏡君から言って。」
恥ずかしそうに、視線を落とす。どんな答えを期待しているのか。多分、たった一つだろう。
だってまだ、僕は彼女に何も伝えていない。だから、ちゃんと、はっきりさせよう。
少し、緊張する。呼吸を整えて、僕は言う。
「大好きです、未来先輩。」
僕たちは確かに祝福された。
雪が降る、札幌の街、クリスマスの夜に。
South Nroth Story 特別編 ―冬の出来事― パート3
みのり「ということで御馳走様でした。」
満「一応分からない人に話しておくと、レイジ版SNSと前回の特別編の続きという立ち位置だ。」
みのり「まぁミクさんとレン君がいちゃつく話が書きたかっただけみたいだけれど。」
満「とはいえこんな深夜はないだろ。確かに日付変わってイブになったけれど。」
みのり「・・レイジさん今日も明日も暇だから。(ボソ)」
満「・・山崎と飲んでくればいいんじゃないかな?」
みのり「はいはい、その話はやめにして、昨年に引き続きクリスマス特別編でした!」
満「どうかいいクリスマスを過ごしてほしい。」
みのり「本当にお祈りしています。あとハーツストーリー遅れててすみません!」
満「書店応募作品に手一杯で、全然書けていない状態です。御容赦頂ければ幸いです。」
みのり「それでは皆様、良いクリスマスを☆」
SNS特別編 -秋口の出来事―
http://piapro.jp/t/IMwV
ハルジオン
http://piapro.jp/t/3JZQ
レイジ版SNS
http://piapro.jp/t/LfnS
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S1...【曲募集】Rock 'n Roll Alice【譜割り有】
スフレ(御依頼歓迎)
おにゅうさん&ピノキオPと聞いて。
お2人のコラボ作品「神曲」をモチーフに、勝手ながら小説書かせて頂きました。
ガチですすいません。ネタ生かせなくてすいません。
今回は3ページと、比較的コンパクトにまとめることに成功しました。
素晴らしき作品に、敬意を表して。
↓「前のバージョン」でページ送りです...【小説書いてみた】 神曲
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「自分なら」っておまじない繰り返して
始まりも最後も抱きしめられないでいる
どちらも一緒で同じくらいドキドキする
灯る希望は...無くならないオービット
ろろあ製菓堂
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