――話は、遠い昔。
ひとりの少女が古びた家で椅子に座っていました。
彼女は病気で、外に出ることを許されませんでした。
少女の世界は、ずっとその家の中だけ。
ずっと、ずっと、ずっと。
≪第一巻・百八十七ページ 『追憶』≫
父親の髪は青かった。
それを受け継いだのか、彼女の髪は水色だった。
しかし、周りの人間は黒い髪だったためか、彼女の家族は虐げられていた。
それは、彼女の母も例外ではなかった。彼女の母は、ただ――人間でいうところの『カミサマ』という存在だった。
虐げられる彼女を、父は精一杯守った。
しかし、それでも。
母親の愛情は彼女にだけ傾かれる毎日を見て、もう父は耐え切れなかった――。
≪第一巻・百九十四ページ 『楽園』≫
「そうだ。楽園へ旅立とう」
言ったのは、父親だった。
しかし、彼は知らなかった。
彼にも、人間全員には、超えられない壁があるということを。
生きるためには、これを乗り越えなくてもいい。
それが、人間の記憶に昔から刻み込まれているデータなのだ。
「さあ。行こう」
彼は妻の手を取って――空へ飛んだ。
≪第一巻・二百三十五ページ 『希望』≫
親が消えて悲しんだのは、子供だ。
つまりは。
彼女も例外ではない。
「……運命よ」
彼女は、それでも。
「――私から大切な人を、奪ったとしても」
生きる希望を。
「この精神(こころ)だけは――!!」
見失わなかった。
≪第一巻・二百三十六ページ 『聖誕』≫
そのとき。
彼女は空に天使を見た。
薄赤い髪をした、少女。少なくとも、彼女よりかは幾らか年が上のようにも思える。
「……あなたは、とても悲しそうな顔をしている」
天使は開口一番、そう言った。
それでも。
彼女はその意味を知らなかった。
「――だって、私は生きているから」
その言葉を言うと、天使は笑った。
「さすがは――『ムーンリット・シリーズ』を継ぐために生まれた者です」
そう言って、天使は一冊の本を差し出した。
本を受け取って――彼女は首を傾げた。
「……これは?」
「これは、世界の全てが書かれている本です。これを、あなたは読む権利が、義務が、あります。それも、この世界で唯一の」
「それを、私に?」
「だって、あなたはこれを継ぐために生まれたんですから」
「どういうこと?」
「『ムーンリット・シリーズ』とは、全てその本に書かれています。あるときは人類に味方し、またある時は人類を破滅へと追い込んだ。言うならば、その本は取扱説明書」
天使はそのまま、話を続ける。
「『ムーンリット・シリーズ』はカミサマですが、カミではありません。かといって、人間でもありません。ならば、何か? どちらかと言えば、『概念』に近い。『ムーンリット・シリーズ』は、カミサマによって作り上げられたニンギョウのようなモノです」
「ニンギョウ……」
「まだ、あなたは理解できないでしょう。それでも、いつかは理解できるはず。……そう、きっと」
そう言って天使は飛び立つ。彼女を連れて。
「私も連れていくの?」
「そうです。……だって、あなたは『カミサマ』の所有物ですからね」
彼女の体はどことなく軽かった。
何処へ行くのか。
彼女は、その時は、知ることはなかった。
≪第一巻・二百八十八ページ≫
第一章はこれにて、終わる。
『ムーンリット・シリーズ』の読み手は、これにより定められた。
七十年無人だった、その読み手に、就任したのは一人の、横暴で、我儘な少女で、後にカミサマはこう言った。
「……奴は、神管史上最も横暴な人間であった」
と。
≪【リレー】僕と彼女の不思議な夏休み 9≫
「あ、思い出した」
初音が何かを思い出したらしい。さっさと決着つけてくれ。また冒頭文長いって突っ込まれるから。
「あぁ……もしかして『アイツ』ですか」
「そうそう。若干消化不良だったもんね」
「だから何言ってるんだって」
「……とりあえず私は兄を探さねば」
「えっ、ミズキってお兄さん居たの?」
「いますよ! 箱庭使者やってると思いますが」
「へえ、箱庭使者……」
揃いも揃って厨二病トークするなよ!
グミに至ってはホットケーキ食べてるし……っておいまさかここで焼いたのか?! フライパン洗ってるってことはそういうことなんだよな?!
「美味しいホットケーキミックスが購買に売ってたんですよ」
「なんで要調理材料が売ってるんだよ!!」
この前も購買にこしひかり十キロ(二千二百八十円也)とかお茶のパック五十個入り(特価千円也)とか売ってたし、あそこの購買のセンスはなんかおかしい。
それもこれも、チェーンソーを常に持ち歩いている購買のゆかりさんが悪い。悪いんだ。
「それはともかく……、あんたさすがに『地球プラネタリウム理論』は覚えているよね?」
「まあ、さわりなら」
「言ってみなさい」
「ああ。地球の外は宇宙のように広がっているんじゃなくて実は地球は一個の閉鎖空間っていう説。地球空洞説並みに愚問だね」
「やっぱり……あんたは神威がくぽだ」
「そりゃそうだ。僕は僕だ」
「だけど……なんか違う」
そんなこと言われても。
「まぁ、いいわ。書き手に会って、たっぷり聞きましょう」
「初音は書き手が誰だか解るのか?」
「実際は誰かは解らないけど、彼女に会いに行けば解るでしょ」
そう言って、初音は外に出ようとしたが――。
「おっと、そうだった。そういえば夏期講習の最中なんだったっけ」
いまさらかよ。
「となると……、あの抜け道を使うしかないなぁ」
そう言って初音は黒板の隣にある本棚を右にずらした。
すると、
「なんということでしょう」というナレーションとともに緑の悪魔がやってきそうな感じだった。
そして。
そこには、小さな穴が開いていた。
「……いつの間に作ったんだよ!?」
「入学時からコツコツと」
となると二年近く……ということになる。なんで二年もずっと気づかないんだあのヤンデレ先生は。
ともかく。
「……ここを使って脱出しないといけないんだよな?」
「そりゃそうよ。そうしないと、ね」
「……仕方ないか」
そう言って僕はその手掘り(どうやってこのコンクリートを手で破壊したんだ?)の穴へ匍匐前進で入っていった。
つづく。
【リレー】僕と彼女の不思議な夏休み 9
最初は長すぎるから分けようかと思いましたが、まあいいやと思いました。
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