僕は、君を見ていた。

全身を黒い布で覆われた、可哀相な君を見ていた。

彼女の頬にくっきりと残った涙の跡は、どうしようもない悲しみを物語っている。


僕の光に照らされて、君の淡い色の髪がさらさらと揺れた。


この時からだったろうか、彼女を此の身で包んでしまいたいと思いはじめたのは。

季節は秋。とうに肌寒く、雪がちらついて来るのではないかとさえ感じる。
そんな中僕は、君を見ていた。



冬を越し春を跨ぎ夏になっても、僕は君から視線を逸らさなかった。
「逸らせなかった」と言った方が正しいだろうか。
彼女は毎朝毎晩、それは綺麗なガラス細工の写真立てを眺めていた。
中の紙切れには、彼女と同じ淡い色の髪をした少年が写っていた。
彼女は眺める度に溜息をつき、時には涙を零していた。

僕は、その少年を知っている。

今僕の近くで弱い輝きを放つ、小さな小さな存在だった。
秋に産まれた、今にも消えそうなその輝きは、本来ならばたった今彼女のいる地上で屈託の無い笑みを見せているものだろう。

僕は、彼女をそれに会わせてあげたかった。

というのは口実で、もしかして僕はただ、君を傍に置いておきたかっただけなのかもしれないのだが。



僕は、神様に願った。

「この体の光と引き換えに、彼女と話す声をください。姿を見ても彼女が驚かないように、ヒトの体をください。そして彼女を空に連れて行く為の馬車をください」

神様は言った。

「なぁに、お安い御用さ。君にビー玉の様な声と麗しい体、足の速い馬の轢く馬車を授けよう。
但しこれは一日限りの代物だ。月と太陽が入れ代わる時、君のその体は真っ暗闇に飲み込まれるだろう」

それでも良い、と僕は頷き、神様は僕に魔法を掛けた。


彼女は窓の外を仰ぎ、
「今日は月が出ないわね。なんだか御外が暗いわ」
と、一人呟いていた。

前方5m、相も変わらず色素の薄い彼女は透き通ってさえ見えた。


小さな一階建てのレンガの家。
ベルを鳴らすと彼女は、ちょっと間を置いて玄関口から現れる。

ああ、空から見下ろしていた時より遥かに綺麗だなあ。


「あのう、どちら様…?」

彼女は困惑して、その愛らしい細い眉を下げる。

僕は一度咳ばらいをして、彼女に言う。

「はじめまして、僕は月です。
今宵貴女を輝く星の一つに会わせる為お迎えにあがりました」


彼女は、さらに戸惑っている。

「月?…星?全く意味がわからないわ」

「ああ、申し訳ありません。
僕は空に輝いていた、あの「月」です。
今日は僕がヒトとなり地上に現れた為、空は暗く紺色に染まっているのです」

「ええっ?そんなこと…信じられないわ」

「そうですね、それよりも…貴女に会いたがっている者がいるのです」

「…星、さん?」

「はい。貴女が去年の秋に亡くした最愛の、」

言うと、彼女はハっ、とした顔をした。そして僕の目を見る。

「私の息子は…星に?」

「そう。あれから何ヶ月も彼は、僕のすぐ傍で輝いていました。月のすぐ傍で輝く星はその体を留め、生まれ変わることは無いと言われています」

「…そんな」

「言わば、『星に生まれ変わった』とでも言いましょう」


彼女は、身につけているネグリジェの裾を、きゅ、と握りしめた。


「息子に…会いたいわ」

「出来ます。この馬車に乗れば」

神様から借りた馬車の馬は白く、見た目通り紳士的な態度で頭を下げ挨拶をした。


「…日帰り?」

「いいえ、空に行くには貴女は…月にならないといけません」

「っ!私、まだ死んでは…父も母もしばらく会っていないけれど、まだ私を愛しているし私も彼らを愛しているわ」

彼女は感情的に声を荒げる。

「星は貴女に会いたがっています。しかし、それを決めるのは貴女です」

優しく宥めるように語りかけると、彼女は小さな唇を結ぶ。

僕は続けた。

「僕と一つになれば、確かに地上には貴女は存在することが出来なくなる。父上や母上にも…。
けれど愛する星の傍で、童話を話して聴かせてやれるし愛の言葉も伝えることが出来ます」

「…」

「もう一度言いますが、決めるのは貴女自身です。これはとても重要なことですから」


彼女は随分と考えていた。
時折空と同じ紺色の瞳から、ドロップキャンディを零している。
僕はその姿が愛おしくなり、彼女を抱きしめた。


「…月、さん」

か細い声。
恐る恐る吐き出された言葉は、タバコの煙のように空気を漂い、すうっと消えていく。

「あのね、私、まだ息子に童話を聴かせた事が無いの。私の息子は言葉を理解出来ない子だったから」

「…そう、でしたか」

「私、あの子と話せるかしら。あの子は私の言葉をわかってくれるかしら。地上で出来なかった、してあげられなかったことを…私、愛してあげられるかなあ?」

そう言って「ふふっ」と笑う彼女が痛々しい。

ごめんね、僕が神様だったら或いは、もっと素敵な方法を思いついたのかもしれない。
とはいえ神様でさえ命を還すことは出来ないのだ。
その逆しか術がないというのは、全く以ってこの世界は理不尽に出来上がっているものだ。

「星になると、全ての言葉を理解出来ます。感情もあります。
だからこそ貴女の星は、いつも見下ろす貴女の寂しがる呟きを聴き、ああでも僕の手が声が届かないと歎いていたのでしょう」

「…そう、」

「大丈夫。僕を信じてください。生きている間出来なかったことをしてあげるのです。空は無限の愛で出来ています。だから大丈夫」


言うと彼女はまた、ぽろぽろとドロップを落とす。
色とりどりで綺麗だね、なんて言えないけれど、「ああ、汚れなき愛はこんなにも悲しくて儚くて美しいのだ」と思った。


さあ、太陽が顔を出す前に。

僕が手を差し出すと、彼女は白く細い指を絡めた。


「きっと、幸せに」


為れるよね、と、泣きそうな笑顔で彼女は馬車に乗った。


それは恋では無く、愛されるのは僕では無いのだが、彼女が傍にあるならば僕には何も要らないのだった。


その日からだった。
夜の空から大きな月は隠れ、代わりに一つの星がより一層の輝きを放ち始めたのは。


月になった少女には、着飾る明かりも柔らかな金糸も青い瞳もとうに無い。
けれど彼女は今日も優しい声色で、一つの星にお伽話を聴かせている。



【月が少女を呑み込む日】

ある日、月が言いました
少女は泣きました

嫌がる涙では在りません
一つになれて、嬉しいわ

「パパ、ママ、御免なさい
 私、先に逝くわ」

少女は、月の綺麗な夜に
逆さまに堕ちる


どうやら、其処には
あの子の影を見ていて

少女は恋じゃない、何かを
嗚呼


ある日、月が言いました
少女は泣きました

嫌がる涙では在りません
一つになれて、嬉しいわ

「パパ、ママ、御免なさい
 私、先に逝くわ」

少女は、月の綺麗な夜に
逆さまに堕ちる

空には、君と僕だけ
在ればいいそうだろう?

月は、少女の手を取りました
此れから二度と離れぬ様

「ぱぱ、まま、だいすきだった
 いまでもだいすき、よ」

少女は最期の笑顔で
別れ告げました


やがて月と体は
一緒になりました

ライセンス

  • 非営利目的に限ります
  • 作者の氏名を表示して下さい

月が少女を呑み込む日

実はこんなストーリー。
歌詞の方で月の本音が見え隠れしています。

この月は本当は自分本位な似非紳士ですが、それでも少女が幸せであるならいいのかな。
文章力ないので御見苦しい部分が多々あると思いますがご容赦くださいませ。

あわせて曲もどうぞ。
http://www.nicovideo.jp/watch/sm22114500

閲覧数:425

投稿日:2013/10/27 04:07:51

文字数:2,993文字

カテゴリ:小説

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  • ヤクモレオ

    ヤクモレオ

    ご意見・ご感想

    歌だけ聴いていた時は「かぐや姫」みたいな物語を想像しておりましたが、
    なるほど、こういう設定だったのですね。
    この物語を知っていると、より深く楽曲を楽しめそうです。
    読めて良かった!

    2013/10/27 05:08:23

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