魔女狩り──
過去の産物として、今では語られることも少なくなった悪しき風習。
背教者として魔女の烙印を押され、罪のない者たちが迫害されていく。
……その中で、ただ一人。本物の魔女へと至った者がいた。
これは、古から続き、今も語り継がれる終わることのない悲しき物語──


……また一人、信仰を捧げて滅びゆく。
小さな荒城の一角。昏く、夥しいほどの血がこびり付いた部屋。
装飾も何もないその部屋には、簡素な椅子に座る女と、骸となり転がる者がいた。
誰かを魅了し死へと誘う、憐れな私を繋ぎとめるだけの儀式。
人間であった頃の名は思い出せず、疾うの昔に失われた。
あれからどれだけの時間が経ったのか、知る由も意味もない。
ただ、こうなった理由と私を魔女にした彼女だけは鮮明に覚えている。


魔女裁判……悪魔の手先ではないかと嫌疑をかけられ、神への反逆者として魔女の烙印を押されてしまえば、逃れる術はない。
口にするのもおぞましい程の拷問にかけられ、拷問から逃れたいが為にありもしない罪を認めてしまえば、火に炙られ処刑される。
魔女裁判に、そして告発に怯える毎日。
いつ地獄に落ちるとも分からない状況がいつまで続くのか……。
そんな不安と恐ろしさを抱えながら日々を暮らしていた。

ある日、買い物の帰り、近くで女の叫び声が聞こえた。
その女は、手首にあったほくろのようなものが魔女の印ではないかと告発されたらしい。
激しく抵抗する彼女を力いっぱいに殴りつける審問官。狂気さえ感じる行為は恐怖しかなかった。
審問官の近くでは、何が引き金になって魔女の疑いを持たれるか分からない。
早々にこの場から立ち去りたかった。
しかし、何が引き金になるか分からないからこそ、その場から動けない。
逃げたところを見咎められてしまえば、おまえも魔女かと裁かれかねないからだ。
……結局、逃げることもままならず、彼女の人生が終わる残酷な瞬間を見続けるしかなかった。

既に顔が分からなくなるほど殴られた女は、自らの無実だけを叫んでいたが、審問官は聞く耳を持たず、強引に連れていこうとしていた。
──そのとき、あろうことかその女は、自分は魔女じゃないと、魔女はあいつだと私のほうを指差し叫んだ。
面識などないはず、顔で判別できないがこの地区に知り合いはいない。
おそらく苦し紛れで、自分が逃れたいが為に適当に嘘をついたのだろう。
しかし、苦し紛れだろうが虚言であろうが、それは嘘では済まされない。
眼光鋭く、審問官が私を見る。
「う……あ……」
瞬間、恐れで足が竦み、否定する声を出そうとしても、意味を持たない呻き声のようなものしか出なかった。
一歩また一歩と近づく審問官。

あの女が指を指した方向に、たまたま運悪く自分が居ただけ。
……そう、それだけのことで人としての何もかもを失った。


連れていかれてから何日が経っただろう。
牢と拷問部屋を行き来する日々。
混濁する意識の中で、あの女と世界を恨み続ける思いだけで生を保っていたが、そろそろ限界らしい。
ついに死ぬのかと思ったそのとき、耳元で何かを囁く声が聞こえた。
こんな場所に誰かがいるはずがない。
しかし、幻聴かと思いながらも、確実に何かがいる気配を感じる。
開けることさえ億劫になった目を無理やり開け、ぼやける視界でなんとか捉えたそれは、この世に存在する何よりも美しい人に見えた。
……いや、人ではないと直感が告げている。
すでに自らの血の匂いで嗅覚が麻痺していたはずなのに、脳が揺さぶられるかのように強烈な血の匂いがする。
そして、何故かその美しさに目を奪われ続け、会ったこともないこの女に命を捧げてもいいとさえ思える。
こんな異常な存在が、人間であるはずがない。
死神か悪魔か、或いは伝承の類か、いくつかの考えを巡らせていた矢先、その女はなんと自分は魔女だと言った。
あぁ、なんと滑稽なことだろうか……。
魔女として裁かれた女の前に、魔女を名乗る女が現れるとは。
死の淵で幻覚を見ているのかとも思った。
しかし、その幻覚はいつまでも消えず、言葉を紡ぐ。
「全て、見ていたわ。あなたをこんな目に合わせたあの女に、そして審問官の連中に……復讐、したいと思わない?」
芝居がかった大げさな仕草を纏い、いやらしい笑みを浮かべた魔女が私に問う。
……ああ、そうだ。何の理由もなく全てを奪われた。
何故私がこんな目に合わなければならない?
叶うならば、私が受けた拷問さえ生ぬるいと思えるくらい、もっともっと惨たらしい目に合わせて殺してやりたい。
「そう。あなたにはそうしていい理由があるわ」
声に出してもいないのに、私が思ったことを読み取るように呼応する魔女。
「生きたければ……全てを呪い殺したいのであれば、あなたは今日から魔女を名乗りなさい」
その言葉を聞いて、もう私の頭の中はあの女をどう縊り殺すか、それだけで頭がいっぱいだった。
ただし……と。またいやらしい笑みで釘を刺すように魔女が喋りだす。
「魔女というのは存在するだけで人を狂わせる……。今あなたも感じているでしょう?」
存在を認識してから感じていたこれは、魔女の性質らしい。
あなたの目が正常できちんと私を捉えていたり、その強い憎しみの感情がなければ、とっくに狂っていたでしょうねと付け加える魔女。
「そう、魔女は周りの人間を魅了するの。血を、尊厳を、そして魂を奪い続け、生き長らえる……。
周りだけでなく、噂であろうと何であろうと、ひとたび魔女という存在を認識するだけで、望まずとも引き寄せてしまう。
人と生きていくことは叶わず、奪い続けて死を与え、只一人、生きていくだけの化物になるわ」
信じられない話を耳にしているはずなのに、それが真実なのだとすんなり納得できるのも、魅了の効果なのかもしれない。
「私もそうやって生き長らえてきたわ……。これも、暇つぶしみたいなものね。あなたが余りに不憫だったから手を貸してあげようかと思って」
で、どうする?と、さして面白くもなさそうにしながら私に選択を迫る。
初めから答えは一つだった。
例え永遠の地獄が待っていようとも、それでも私は許せない……。
私が地獄に落ちるのならば、あいつらを地獄の底に突き落とすまで。
この憎しみを解放できるのならば、後のことなどどうでもいい。
掠れた声を発し、二つ返事で魔女に願う。
「そう……いいわ。魔女の名を貴女に授けてあげる」
どことなく悲しそうにそう言った魔女が指を弾くと、その姿は嘘のように消え去っていた。
やはり夢だったのではないかと思いかけた瞬間、今にも落ちてしまいそうだった意識が瞬く間に鮮明になり、傷が塞がっていく。
視覚も嗅覚も聴覚も触覚も、何もかもが正常に戻っている。
……いや、戻るどころか異様な感覚だった。人間であった頃には感じたことのない全能感がある。
言葉を発するだけで、目を向けるだけで人を呪い殺せる。そんな確信があった。
四肢が滑らかに動くのを再確認した後、見張りの審問官を試しに殺し、審問所に詰めていた他の審問官たちを拷問部屋に閉じ込める。
その後、顔は分からなかったが、女だったということは覚えていたから、とりあえず街の女を全て集めた。
女たちと審問官たちには拷問を行い、死にそうになったり舌を噛み自死を選んだ者がいれば、魂を引き上げ意識を留めて拷問を続け、飽きた頃に完全に殺した。
そして最後に、あの女の夫や子供、親類や友人が生きているかもしれないと、街の人間を全て殺した。

……こうして、私は魔女になった。

後のことはあの魔女が言った通りだった。
誰もいなくなった街にいても、迷い込む人間が後を絶えず、勝手に魅了されては朽ちていく。
魔女が棲む街と噂になってからはさらに迷い込む者が増え、面倒になって近くの荒城に居を移したものの、それでも引き寄せてしまう。
最初は寂しさや悲しさを感じていたかもしれないが、今となっては何も思うことはない。
無意味な行為を無感情に繰り返し、今日もまた見知らぬ誰かが捧げる信仰を享受して生き長らえる。
そうして数百年の時が過ぎ、悲劇として孤独の魔女と語られるようになった今も、永遠の孤独は続く……。

ライセンス

  • 非営利目的に限ります
  • この作品を改変しないで下さい
  • 作者の氏名を表示して下さい

孤独の魔女

孤独の魔女 / StarTrine feat.可不

youtube▷https://youtu.be/xe8Whdx_fig
ニコニコ▷https://nico.ms/sm41429621

閲覧数:85

投稿日:2023/01/22 21:06:22

文字数:3,372文字

カテゴリ:小説

クリップボードにコピーしました