3章「ラストバレット」
「なぁ」
「はい、何ですメイさん?」
「ちっとこいつを見てくれないか。"8番目"の監視役が撮った写真なんだが」
「ほー、どれどれ。……あちゃ、こりゃーやばいですね。いやー、よろしくないですわ、こういうの」
シンと静まり返った静かな部屋に、場違いなほど軽快な男の声が響く。
その軽快さは海人のそれとも似ていたが、それとはどこか違っていた。
まるで、道化を演じているかのような、作ったような軽快さだ。そのさまは、まるでピエロそのもの。
「一度シメたほうがいいんじゃないですかい?こりゃもーやべーっすよさすがに。もう超やべぇっす」
その男は、何度もやべーやべーと繰り返すものの、感情がこもっていないような喋り方をするので全く状況の切迫を感じられない。
「……ふん」
部屋には、もう一人いた。その部屋の、デスクに座った女が。独特な赤いスーツを身にまとい、片手で頬杖を突きながら、片手で一枚の写真を不機嫌そうに見ている女。一方で男は、嬉々としてその写真を覗き込んでみながら、やべーやべーと騒ぎ立てている状況だった。
「何がやばいって、この写真の女、『8番目』でしょ?で、もう一人のこいつが『8番目』の獲物でしょ?なんで8番目、こんなに抱きしめられてんですか!うっはー、吐き気がするほどやっべーっすわー!」
「お前もそう思うか。私もそんなところだ。しかもこいつ、自分の身の上話をしやがった。偵察者によると、戸籍がないことも言いやがったらしい」
「ひょー、大胆ですなぁ」
女はやけに落ち着いていた。そのせいか、二人の間には極端な温度差があるように感じられる。
けれど、その写真を見て思う気持ちは、共通していた。
「お前ならこんな8番目を、どうする?」
「そりゃもー、この世からバイバイするしかないですよー。あぁ、ターゲットも込みで、二人まとめてバイバイです!」
「そうだな」
女は表情一つ変えないで呟く。
「お前に、その仕事を頼む」
「うっへー、俺にですかい?俺ぁ、8番目の獲物の見張りだけで精一杯でさぁ」
「何言ってんだ。ターゲットの前じゃ真面目ぶってるくせに」
「ははっ、ばれてましたかい?」
「当たり前だろ、レン」
レン――それが男の名前だった。彼の本職はスパイだが、それと同時に一流の殺し屋でもある。
お望みとあらば官邸、ホワイトハウス、皇居にだって侵入して見せる。ちなみに今彼が潜入しているのは、警察組織だ。ここまでの潜入技と暗殺技、その両方にたけている男は、そうそういない。
だから本当なら、それくらいの仕事、レンにとっては造作もないことだった。
彼ならきっと息をするのと同じくらい、簡単にやってのけてしまうのだろうと、女はほくそ笑む。
「で、こいつらはいつシメますかー?」
「んー……ターゲットのほうはいいとして……。8番目にはきついお灸をすえてやらなきゃなぁ?」
ニタリと笑うその女は笑う。それはまるで悪い魔女の笑みのように歪んでいた。
「きついお灸」……その言葉が意味するものを、彼もよく知っている。
どこかに閉じ込めるとか、単に暴力をふるうとか、そんな生易しい物じゃない。拷問だ。
きっと、精神と肉体の両方をいたぶりながら殺していくつもりなのだろう。
これが自分が受ける羽目になると思うと恐ろしい。けれど所詮は他人事だ。
だからレンも、へらへらと笑っていた。
「いやー、メイさんのお灸はよく効きますからねぇ。8番目、耐えられなくて頭ぶっ飛んじゃうんじゃないですかぁ?」
「最後には文字通り吹き飛ばすさ。ショットガンでな」
「ひえぇ、おっそろしぃ~」
あからさまに肩をすくませるレン。実際、心の底では、楽しんでいた。
狙撃手ともあろうものの最期が、自分の頭を吹き飛ばされて終わりなんて。なんて……、なんて面白い。
「吹き飛ばした後は?」
「そうだな。まぁ適当に殴りつける。平手打ちとかやってみるか」
「あー、そこは結構適当なんすね」
「まぁ拷問なんて大体やったし、もう殴る以外のレパートリーねえから」
正直、頭をふっとばしてなお殴り続けるというのは、常識人からするとぞっとする。
でも、女はそんなの、もう慣れっこだった。人の命なんて、何とも思ってない。
「や……待てよ?」
「なんすか?」
「今すっげーいいこと思いついた」
また、ニタリと笑う女。赤いスーツと相まって、それは一層気味の悪さを増す。
いつもの3割、いや、4割り増しくらいだろうか。さすがに、レンも何かを感じ取ったのか、薄ら笑いが一瞬消える。
「いいこと、ですかい」
「そ。こんなことされたら、あいつぜってぇ耐えられねぇだろうなぁ」
「何をやるんです?俺も気になりまさぁ」
「ふ、ちょっと耳貸せ。それはなぁ……」
女はその計画をレンにも伝える。二人の他には誰もいない部屋だというのに、微かな言葉で女は話した。
「そらさすがにぶっとんでますわぁ。あーぁ、少し8番目に同情するってもんですよこりゃ」
そういいながらも、事の始終を聞いたレンは、ニタリと笑っていた。女にも負けない残酷な笑みで。
「この世界で同情は命取りだぞ。わかってるだろうな」
「わかってますよー。同情したって言っても、金平糖一粒分くらいっすから」
「そんじゃ、レンにはその件で仕事を頼もうか」
「あいあいさー。承知しましたっす。こりゃ久々に腕が鳴りますわなぁ。にしても……へへ、8番目のゆがんだ顔を想像したら、笑いが止まりませんぜぇ」
そういって、ケタケタと声をあげて笑いだすレン。それからしばらくは、彼の笑い声が部屋に響いていた。
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