序章ではない始まり

 極小の太陽が地に千度瞬いた時、世界は滅亡した。
 降り注ぐ死の灰。
 冬の時代の到来と、輝ける栄光の終末。
 瓦礫は風と消えていくようにその姿を崩し、陽の光を遮る曇天は温もりと共に僅かに残っていた希望すらも奪う。
 荒れ果てた街、その崩れ落ちたビル跡の一角でも、今、ひとつの希望が失われようとしていた。
「ねぇ、リオン……」
 はらはらと舞い散る一片の粉雪が、少女の艶やかな黒髪を撫でた。
 震えるように肩口を強く抱き、吐息は白く、切なげにリオンと呼んだ青年を眩しそうに見上げていた。
「あなたは、あなただけは私を裏切らない? 身も心も、どんなに私が醜く成り下がろうともあなただけは裏切らないでいてくれる?」
 瓦礫より生え出る一輪の青い薔薇を挟んだ向こう。血に塗れ刃は零れ落ち、それでも屹然と剣を構え続ける青年へ向け少女が問い掛けた。
「もう、無理だ……。ディリス、君は変わりすぎた。全てが君のせいではないけれど、俺にはディリスを守る力はもうない。だから――」
「……殺すのね。父と同じように」
 見下すような視線の先、そこには鋭利に切断された老人の首があった。僅かに離れたその首の先には、蜥蜴の胴体と獅子の脚を持つ生物が横たわっていた。既に息は無かった。
 少女は更に強く肩を抱いた。震えが止まらなかった。寒さだけではない。自らの身の内で膨らんでいくそれにじわじわと恐怖を感じる。
「今更兄さんを恨む気持ちは無いわ。ああしなければ私は助からなかったから。でも、その代償はあまりにも大きすぎる――」
「ディリス……」
「身体が痛い――。まるで沢山のナイフが身体の中でせめぎあっているよう。……助けてリオン。寒い…痛い、痛いよっ……!」
 彼には、数歩離れた彼女に手をさし伸ばす事すら出来なかった。あんなに彼女を愛していたのに、たとえ全てが滅んでも彼女だけは守り通すと誓ったのに。
「もう、ディリスじゃないんだ……」
 彼女に似た彼女で無いものは、漆黒の翼をその背より突き破って天を仰いでいた。
 悪に染まった彼女に、自分の言葉が届く事はもはや無い。慰める事も、励ます事も、塵一つの意味すら為さないのだ。
「俺は無力だ――」
 剣を下ろそうか。リオンはふと、腕の力を抜いていた。
 何もかもを投げ出し、あの黒い翼で切り裂かれるのもいいかもしれない――。それこそ苦痛と絶望と、解放が入り混じった快感を味わえる事だろう。
 でもそれは最後の最後で彼女を見捨てた事にならないか?
 愛すべきものだからこそできる行為。やはり、せめて、けじめは着けるべきだ――。
 リオンは再び剣を構えた。
 力の限り、自分が出来るだけ。彼女を愛した分だけ。
「殺す」
 それが、自分を心より思ってくれた彼女に対する報いであると思えるように。
 

ライセンス

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絶望の廃墟に降る死の雪_その1

未完で投げてた長編小説です。
作詞する時の雰囲気作りにでも使ってください。

閲覧数:135

投稿日:2009/07/18 03:07:32

文字数:1,178文字

カテゴリ:小説

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