俺との距離を取った代わりに、めーちゃんはコート(マスターが、無理して買ってくれたらしい)のポケットから小さな箱を取り出して、俺に突き出した。


「…?」

「もっとちゃんと渡したかったのに…カイトのせいよ」


言われてから、自分の馬鹿さ加減に、頭をどこかに打ちつけたくなった。
今日は2月14日。バレンタインデーだ。




―Error番外編―

~ありがとう~
カイト編-4




「ご…」

「何?」

「あ、いや…」


つい、ごめんと言いそうになって、踏み留まる。
謝るんじゃダメだ。言うべき言葉は別にある。
箱を受け取って、その言葉を言おうとしたが、それより早く、めーちゃんが俺のコートの襟を掴んで引っ張った。
その力に従って、前のめりになる。


「うわっ、ちょ、めーちゃん?!」

「じっとして」


そう言われて、反射的に動きを止めると、手早くマフラーを外される。
わけが解らないでいる俺をよそに、めーちゃんはむき出しになった首に、何かをかけた。
鎖…だろうか。気温が低い中の、金属の冷たさに、僅かに肌が粟立つ。


「KAITOはあんた1人だけじゃないでしょ?MEIKOだって私1人だけじゃない」


だけど、と、めーちゃんは俺から離れて、赤面しながらもにこりと笑った。


「こうしておけば、よそのKAITOやMEIKOにも、あんたが私のカイトだって、解るじゃない?」


胸元を見下ろして、そこで光を反射しているそれを視界に入れる。


「指輪?」


指輪と言っても、ちゃちい屋台とかで売ってる、名前を彫れるやつだ。
ご丁寧に、内側に"KAITO"の文字がある。
顔を上げると、めーちゃんはそっぽを向いていた。
髪の間から見える耳が、さっきよりも赤くなっている。


「…やっぱり別のにした方が良かった気がしてきたわ…」

「…めーちゃん」

「今日、あんたの誕生日だから、つい…ああぁ、なんで私、こんな血迷った事…」

「メイコ」


驚いたのか、メイコの声が途切れた。
その隙に、彼女を腕の中に閉じ込めて、強引に口付ける。
普通は目を閉じるものなんだろうが、今回に限ってはそうしなかった。
見開かれた赤茶色の瞳は、近くで見たら本当に綺麗で。
吸い込まれそうだと、思った。


「ありがとう、メイコ」


唇を離して、抱きしめる腕を強くする。
さっき言いそびれたお礼の言葉を告げるついでに、耳元に口を寄せて、低い声で囁いた。


「愛してる」

「~~~、馬鹿!このバカイト!」


恥ずかしいのか、メイコは俺の肩口に顔を埋める。
俺だって恥ずかしいんだけど。
でも正直に言うと、そういう気持ちより、いっそ、進めるだけ進んでしまえばいいじゃないか、という気持ちの方が大きかった。


「普段なら、絶っっ対こんな事言わないくせに…!いつヘタレ卒業したのよ」

「初めてのキスも、そっちが先だったからね。やっと彼氏らしい事ができるかなー、と思いまして」

「まったくあんたは…」


乱暴に息を吐いたものの、彼女の声に苛立ちや呆れの響きはない。


「…誕生日おめでとう、カイト」

「うん。ありがとう」


この5字で、どれだけ俺の気持ちが伝わっただろう。
メイコがチョコをくれた事も、誕生日を祝ってくれた事ももちろん嬉しい。
それ以上に、俺に会って、俺を好きになってくれて、今さらながら、その事に感謝したくなったんだ。


「ねぇ、この指輪、鎖から外してもいい?」

「ぅ…い、いいけど…する気?」

「だってもったいないよ」


言いながら、首から鎖を外して、指輪だけ掌に乗せる。
どの指に、だなんて、そんな事最初から決まってる。


「あ、ぴったり」

「…当たり前じゃない」


予想外の言葉に、俺は目を瞬かせる。
そんな俺を、怒っているような違うような、形容しがたい表情で見上げて、メイコは続けた。


「その指に合わせたんだから」


…それまで取り繕ってきた、メイコいわくヘタレじゃない俺が、あっという間に崩れていくのが解った。


「いっ、いつの間に?!いつの間にサイズ調べたの?!」

「いつも繋いでる手だもの、大体解るわよ。まさか本当にしてくれるとは、思ってなかったけど…」


少しだけ笑みを含んだ声に、今度は俺が目を逸らしたくなる。
だって、あんな事言われたら、ねえ。
結局先を越されているじゃないか。


「調子に乗った俺が馬鹿みたいだ…」

「そんな事ないわ。嬉しかった」


今度はメイコから、一瞬触れるだけのキスをされる。


「名前、やっと呼んでくれたじゃない」

「…まあね」


無意識に呼んでたわけじゃないけど、指摘されると妙に照れくさい。
なんとなく悔しくて、もう1回だけ調子に乗る事にして、メイコに問いをぶつけた。


「これ、どこで買った?」

「は?」

「1ヶ月待たせるのも待つのも嫌だから、明日行ってくる」

「な、あ、あんたね…!」

「めーちゃーん、カイトー、どこだー?そろそろ帰るぞー」


メイコが何か言おうとしたちょうどその時に、マスターの間の抜けた声が聞こえてきて、2人で顔を見合わせて、思わず笑った。
確かに、もう雪も溶け始めたのだろう、足元が少し水っぽい。


「仕方ないな、後で教えてくれる?」

「解ったわ。…カイト」

「何?」


訊き返すと、メイコはまた俺の首に両腕を回して、俺と同じように、耳元で、


「私も、愛してるわ」


…卒倒するかと思った。
そんな俺に満足したのか、メイコは左手を差し出す。


「やっぱりヘタレのままね。安心した」

「酷いよ…」


言いながらも、出された左手をとり、いつも通り指を絡めて繋ぐ。
リンとレンにはからかわれるけど、俺はこの繋ぎ方が好きだ。メイコとの距離が一番近いような、そんな気がして。


「行こうか」

「そうね」


歩き出した俺の左手、薬指の指輪。
リンとレンだけでなく、マスターやミクのテンションまで上げる事になるのは、また別の話。



ボーカロイドは、結局のところ、機械だ。
だが一方で、限りなく人間に近く作られているのも確かな事。
エラーには違いないかもしれないけれど、人間と同じように恋だってできるし、俺はそれを幸せだとも思う。
だから俺は、人間になりたいだなんて大それた事、考えたりしないよ。
ね、メイコ。

ライセンス

  • 非営利目的に限ります

【カイメイ】 Error番外編 4(完結)

最終話です。
書いてて楽しいやら恥ずかしいやら…。
そして分割したのに長いですねorz
別の方向に甘くできなかったのかって言われると言い返せません。
気が付いたら奴らが暴走してたんだ…orz

とりあえず、兄さん誕生日おめ。チョコぐらいは買ってやるよ。


ここまで読んで下さった方、ありがとうございました。

閲覧数:803

投稿日:2009/02/10 12:41:09

文字数:2,643文字

カテゴリ:小説

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  • 華龍

    華龍

    ご意見・ご感想

    うわあ~!!!
    ラブい!!!
    リンとレンもイチャついてればいいと思うけど、
    カイトとメイコも存分にいちゃついてればいいと思い始めました!!
    例え機械でも恋だってするんですね!!
    楽しませて頂きました。

    2010/05/01 15:40:50

    • 桜宮 小春

      桜宮 小春

      華龍さん>機械の恋はロマンだと思っている桜宮です←
      ……変なこと口走ってすみません。
      途中から勝手にいちゃこらしだして、書いてるこっちが恥ずかしかったです……!
      やめろとは言えませんけどねw
      コメントありがとうございましたー!

      2010/08/23 15:50:53

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