幸せになれるスイッチ。押しますか?
天から聞こえてきたその問いかけに僕は答える。
押さないよ。押してたまるか

確かに僕の現状は酷い。
学校の僕は死人同然だ。一昨日は机に花が供えられていた。昨日は位牌が置いてあった。今日は机が片付けられていた。
だから、僕は一昨日も昨日も今日も教室の扉をくぐっただけで学校を後にする。
だけれど、すぐに帰宅するわけじゃない。街をぶらついて時間を潰す。家には飲んだくれてる親父がいるから。こいつは厄介だ。酒が切れるとすぐに暴れる。僕を見てもすぐに暴れる。僕の目が気に入らないらしいのだ。
そんなわけで僕には居場所がない。けど、スイッチは押さない。妄想と幻聴なんかには頼らない。そして、僕はその幻聴に名前をつける。天の声。そのまんま。
僕の月日がどんどん過ぎる。環境は変わらないが、天の声に変化が起きる。
幸せにするスイッチ。押しますか?
今度のは誰かを幸せに出来るスイッチのようだった。でも、僕は答える。
押さないよ。押してたまるか。
今の僕には幸せにしてあげたい人なんていないのだ。
希望も絶望もない僕はただ街をさまよっている。
その街で僕は自分と似たような娘と出会う。彼女には希望がなかった。絶望はしっかり握っていた。そこだけが僕と違う。だから彼女には助かる余地がある。
僕は彼女を助けたいと願う。僕よりマシな彼女を。不意に天の声が響く。
ここにある幸せにするスイッチ。押しますか?
僕は迷わず答える。
押します。彼女を幸せにしてください。
ふっ、と。彼女の顔が変わる。希望に満ちた表情だった。
「分かったわ。悩む必要なんてなかったのね」
彼女は走りだす。廃ビルを駆け上がる。希望を見つけた彼女に僕は追いつけない。ビルの前で僕は追いかけるのを止めた。天の声は本当に幸せを与えたのだ。僕の心は喜びで満ちる。これが希望か。
どさ。
何かが落ちる音。それが彼女だった。
「嘘だ」
呆然とする僕の口が呟いた。身体は動かない。だけれど頭は、今までになく高速で回転した。
いうなればそれは、定義の違い。天の声と僕の定義が違っていたのだ。幸福についての定義が。
一つは不幸でないこと。
一つは人並みの生活を送ること。
僕は天の声に言う。
「押します。幸せになるスイッチを押します」

ライセンス

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  • この作品を改変しないで下さい

スイッチ

また暗い

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閲覧数:66

投稿日:2010/01/20 17:00:59

文字数:951文字

カテゴリ:小説

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