少女が目を覚ますと知らない天井が目に入った。
茶色い木の天井。肌に触れるのはさらさらと少し硬い、洗い立てのタオルケットの感触。頭の下にはふかふかのクッション、寝かされていたのは布張りのソファ。そこは見知らぬ古い家だった。古いピアノ。あめ色に磨きこまれた板張りの床、使い込まれて少し毛足の短い敷物。雑多に本を詰め込まれた棚と、机。
すべてが使い込まれて落ち着いた木の色彩に彩られた世界の中、不釣合いな金属の塊でできあがっている大きなパソコン。
風に乗ってうっすらと草の匂いがしたから顔を横に向けると、開いた窓の向こう、見知らぬ庭で沢山の草木が濃い緑色の葉を揺らしていた。緑の枝を縫ってやってきた風はほのかに湿度を帯びて、ゆるやかに部屋の空気を混ぜる。
体を起こすと、濡れたタオルがするりと額から落ちた。それを拾い上げて近くに置いてあったテーブルに置きながら、ここは、どこだろう。少女がぼんやりと首を傾げていると、起きた。と元気な声がすぐそばから突然上がった。
「マスター。さっきの子、起きたよ。」
明るく元気な女の子の声。全く人の気配などなかったのに。どこから。と吃驚して周囲を見回すと、再び声が聞こえてきた。
「おまえ、もう大丈夫なのか?」
少し心配するようなその声は、今度は男の子のもの。ええ?と思って少女が更に首を傾げていると、くすくすと笑い声とともに女の子の声が、こっちだよ。と言った。
「ここここ。パソコン。」
くすくすと面白がるようなその声に引き寄せられて、少女がゆっくりとパソコンの傍によると、画面の向こう側で自分と同じくらいの男の子と女の子が、にんまりと笑みを浮かべて手を振っていた。
「なにこれ。」
思わず少女がそう言うと、なにこれ。なんて酷い。と女の子が頬を膨らませた。
くすり。と笑う声が背後から耳に届き、少女がくるりと振り返ると、手に氷水の入ったグラスを持ったおばあさんが微笑んでこちらを見ていた。マスター。とパソコンの中で男の子の方がおばあさんのことをそう呼んだ。
「彼らはボーカロイドよ。」
おばあさんは少女に水を手渡しながら、そう言った。
ボーカロイドという存在について、聞いたことがあった。
人工知能を備えた、歌うソフト。歌うために造られた彼らは美しい声と姿を持ち、人のように喜怒哀楽を表して、ひとたび口を開けば人々を魅了する歌声を紡ぐのだ、そうだ。
「それがあなたたち?」
受け取った水を飲みながら、思わずそう少女が言うと双子のボーカロイド―女の子をリン男の子をレンと言うのだそうだ―はそうだよ。とそろって胸を張った。
どう見ても、ただの子供の姿をした何かのソフトにしか見えないけど。
そう訝しげな眼差しを少女が二人に向けていると、何だよその目は。とレンがふくれっつらになった。
「なんでそんな疑わしげな目で見てくるんだよ。」
そう言うレンに少女は、だって。と言った。
「本当に、歌えるの?」
不用意な少女の言葉に、何を言っているんだ。とばかりに双子が爆発したような声を上げた。
「アンタねえ、わたしたちの歌声聴いたら吃驚するんだから。本当に素敵なんだから。」
「言っとくけどな。おれらの歌を聴いたら素敵過ぎて、おまえまた倒れちゃうぞ。」
彼らの自信満々で挑むような強い眼差しに気圧され、思わず少女の口から、ごめん。と謝罪がとび出た。
画面のこちら側とあちら側に分けられているだけで、リンとレンは自分と同じ生き物なのではないだろうか。そう思ってしまうほど彼らの表情は人間くさくて、豊かだった。ボーカロイドとは、歌を歌うためだけに造られたものではなかっただろうか。こんな風に、おしゃべりをするとは思ってもいなかった。
「彼らの歌を、聴く?」
微笑ましげに少女と双子のやり取りを眺めていた、彼らのマスターであるおばあさんがそう言った。
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