『十二月某日、某所にて。』
五時十二分。起床。
日が昇るのもすっかり遅くなり、外はまだ薄暗い。
僅かな小鳥のさえずりと いつものランニングおじさんが走ってるだけで
外の景色はまだ、随分と閑散としている。
ねむけまなこをこすりながら布団から這い出ると、冷え切った部屋の寒さが肌に突き刺さる。
震える体を両手で抑えながら、まだ隣室で眠る両親を起こさないように、外出の準備を開始する。
五時十五分。洗顔、歯磨き、寝ぐせ直し。
朝食の食パンを貪りながら、今日のスケジュールを確認する。
まだ始発まで時間がある。のんびり歩きながらでも余裕で駅につきそうだ。
いつもの外靴を履き、静かな空へそっと飛び出していく。
五時四十二分。外に出ると 駅までの道中にも案外人が出歩いていることに気が付く。
ランニングおじさんに、犬の散歩。
朝刊のバイクなんかももう忙しなく動き始めている。大変そうだ。
五時五十七分。のんびり道行く人々を観察しながら最寄りの駅に到着した。
旅行や出張だろうか、キャリーケースを持った人々が ぽつぽつとホームで列をなしている。
空いているベンチを見つけたので、温かい缶コーヒーを購入し、腰を下ろす。
始発はまだ、到着してないらしい。
この鈍く染まる世界を ただただ進みゆく
色のない風景を置き去って
まだ知らない街へ 運ばれてゆく
七時三十分。通勤時間に差し掛かっているのだろう、車内も人でごった返してきた。
くたびれた顔で満員電車に押し込まれる大人たちを見て、自分達の未来がどうなるのか、黒い感情で胸がいっぱいになった。
十時。通り過ぎる駅の名前も 見知らぬものばかりだ。
恋人が乗る電車を自転車で追いかける歌を、ふと思い出す。
そんな無茶が出来るほど必死になれる事がある主人公を、少し、ほんの少しだけ、羨ましく思えた。
十三時十七分。最寄り駅に到着。案内板を見たところ、ここから三十分は歩くらしい。
道行く人々に尋ねながら、少しずつ、少しずつ、目的地に近づいていく。
十四時二分。現地に到達。
遥か彼方まで水平線の広がる、見晴らしのいい岸辺に降り立つ。
思い残すことは、もう何もないだろう。未練も遺す言葉も、全てうちに置いてきた。
眼下に広がる希望を胸に、断崖から一息に身を投じ、宙を舞う。
この世に授かった器も意識も、海岸を叩きつける荒波に吸い込まれていく。
憎らしいほどに、澄み渡った快晴の日の事だった。
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