僕は、フリーランスのシステムエンジニアとして、日々コードと向き合っています。
「コードを書く」と聞くと、とても論理的で無機質な作業に思えるかもしれません。でも、最近はそう感じることが少なくなりました。むしろ、僕はコードを「音符」のように、システムを「一つの音楽」のように捉えています。
この考えを持つようになったのは、先日、ある教育系サービスの開発で、ユーザーの声を直接聞く機会があったことがきっかけです。
そのサービスは、子どもたちが楽しみながら学べるように、クイズやゲームの機能をたくさん盛り込みました。僕は、ひたすらコードを書いて、論理が破綻しないように、スムーズに動作するように、完璧を目指して開発を進めました。
それはまるで、楽譜を隅々まで読み込んで、一音一音を正確に弾く練習をしているようなものでした。
そして、ついにサービスが完成し、子どもたちに使ってもらいました。
その場に居合わせた僕は、とても驚きました。
子どもたちは、僕が意図した通りにクイズに答え、ゲームをクリアしていきます。でも、それだけではありませんでした。
ある子は、クイズの不正解画面を見て「へんな音!」と笑っていました。
またある子は、ゲームのクリア画面で流れる音楽に合わせて、体を揺らしていました。
僕が書いたコードは、ただのプログラムではなく、彼らの感情を揺さぶる「音」になっていたのです。
僕が作ったのは、完璧な楽譜でした。
でも、その楽譜に命を吹き込み、ハーモニーを奏でたのは、子どもたちの声や笑い声、そして、それを表現するための音楽やデザインでした。
思えば、僕が以前教師として教えていた教科も、ただの「知識」を伝えるだけではありませんでした。
生徒の好奇心を引き出し、彼らが自ら探求する楽しさを知る「きっかけ」を創ることが、僕の役割でした。
教科書という「楽譜」を、生徒たち一人ひとりが「楽器」として奏でることで、それぞれの個性を持った「音楽」が生まれていました。
システム開発も、これとまったく同じだと気づいたのです。
僕が書くコードは、あくまで「音符」に過ぎません。
しかし、その音符がデザイナーの創る「旋律」と合わさり、クライアントさんの「想い」という指揮棒に導かれることで、ユーザーの心に響く「ハーモニー」を生み出すことができます。
完璧なコードだけでは、人の心を動かすことはできません。
そこに、デザインの美しさや、使い心地の良さ、そして何より、クライアントさんのサービスにかける情熱が加わって初めて、システムは命を吹き込まれるのです。
クリエイターの皆さんも、自分の作品が誰かの手に渡った時、予期せぬ化学反応が起きて、新しい価値が生まれる瞬間があるのではないでしょうか。
僕は、そんなクリエイターの皆さんの想いを、技術という形で支え、素晴らしいハーモニーを奏でるお手伝いがしたいと思っています。
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