【01:安定しない街の中、溢れる喧騒。】後編

 獅子絵町の中心部。そこには巨大な屋敷が我が物顔で鎮座している。
 その名も鬼灯(ホオズキ)邸。まぁ、ぶっちゃけ金持ちの家だ。

「――お待たせして申し訳ありません。ココ様、ノノ様」
「ヤヤおっそーい!」
「おっそーい!」

 捻り潰すぞクソガキ。
 勿論、口には出さない。でも出したい。ついでに手も出したい。暴力的な意味で。

 鬼灯ココ(16)とその妹の鬼灯ノノ(9)。彼女たちは学校へは通っておらず、私はアルバイトでこの二人の教育係をしている。日給10万円。旦那様太っ腹、マジ太っ腹。

「本当に申し訳ありません…道中、厄介なものに絡まれまして」
「どうせあの指名手配犯でしょ?ヤヤお気に入りだもんねアイツの!」
「お気に入りー!」
「まったくその通りでございます…さすが、ココ様は聡明でいらっしゃいます」

 アタマが小学生低学年レベルの16歳だけどな。と言うかノノ様、そのアニメのキャラに有りがちな口調どうかと思う。イッツイズナンセンス。あ、この英文はテストに出ません。

「何故、私のような一般人があの無法者に馴れ馴れしくされなければいけないのでしょう……」
「実は知り合いなんじゃないの?どこかで会ってるとか」
「記憶力は良いのでそれはあり得ません」
「…あんた時々偉そうよね」

 お前に言われたくない。

「滅相もありません。それより早く勉強に入りましょう。遅れてしまった分を取り返さなくては」
「「はいはーい」」

 『はい』は一回、なんて陳腐なことは言わない。言ったところで聞かないことは明白であり、私が任されているのはあくまで勉強を教えることだ。この二人のお世話係などでは決してない。
 そんな言い訳がましいことを思いつつ、いつもの時間が始まった。

 先ほども言ったがこの二人、鬼灯ココと鬼灯ノノは義務教育はおろか、保育園または幼稚園にすら通っていない。そのため、どちらとも救いようのないコミュ障だ。外に出たことがない。
 何故、鬼灯家の旦那様はこの二人を屋敷の外へ出さなかったのか?答えは単純だ。

 今から十数年前、ココ様が生まれた十六年前。旦那様は獅子絵町の都市開発計画のスポンサーとして、この地に早い段階で移り住んでいた。
 当然、獅子絵町にも元々の教育施設はあった。実際に私がその卒業生だ。獅子絵保育園、獅子絵小学校、獅子絵中学校、そして今在学している獅子絵高校。ご丁寧なことに、全ての施設に「獅子絵」と銘打たれている。(さてはて、私は一体「獅子絵」を何回言ったのだろうか。)
 旦那様は視察のために獅子絵町を歩き回った。その際に、旦那様は町中で見かけてしまったそうだ。

 一週間前に殺傷事件を起こし、全国で指名手配されていた少年を。

「お父様も臆病者よねぇ。その場で警察を呼べば済んだ話なのに」
「のにー!」

 雑談の最中、ココ様は頬杖をつきながら、小馬鹿にしたような(いや、見事にバカにしている)顔でそう言った。ノノ様に至っては、ケラケラと声を出して笑っている。非常に意地の悪い姉妹だ。旦那様(涙)。

「旦那様は…」

 一度開きかけた口はそのまま最後まで言葉を続けない。いけない、弁護するつもりで開いた口ではなかったのだが。

「ヤヤ、何か知ってるの?」
「いいえ、何も」


鬼灯ココ
≪心理学65≫→91→失敗


 ああ目敏い目敏い。このお嬢様はお世辞抜きで聡いから本当に困る。

“旦那様は臆病者というより、お人好しなのですよ”

 口外しかけたそれは旦那様を庇うものではない。仮にそうするなら、実際に旦那様が起こした行動の真意をバラすようなマネはしない。ただ沈黙を守り、雇用主のプライドを守らなければならない。

「あ、ノノ様。そこの計算式の数字間違ってます。リンゴの個数がマイナスになりますよ。
ココ様、また菅原道真が管原姓になっています。学問の神様の名前間違えるとかご利益頂けませんよ。
ああこらこらこら、ノノ様はともかくココ様もう16歳なんですから漢字で書けるようになってくださいよ。ていうか『すがわらのどうま』って誰ですか。こっちの方がカッコいい?どんなDQNネームですか」

 あわただしく今日も今日とて教鞭を振る。とは言え、私が持つ鞭は時に強度を変えながら彼女らに向かう。小さなミスから大きなミスまで、バラエティーに富んだ鬼灯姉妹の珍解答(ボケ)に適切な処理(ツッコミ)を施す。
 姉妹たちがほぼ同時にぐったりと勉強机に突っ伏した時には、時針が左側へ傾いていた。

「お腹減った~」
「減った~」
「お二人ともお疲れ様でした」

 スライムもどきたちを見下ろしながら、今日解いた問題集のコピーを回収する。ふむふむ、前回に比べればココ様は計算が上手くなってきている。ノノ様は字が綺麗になってきた。教師としては教え子の成長は素直に嬉しい。

「では今日はここまでですね。夕食後の復習プリントもしっかりやってくださいね」
「「はいはーい」」

 やる気が一切感じられない返事にただ頷くと、帰る支度を始める。復習プリントに関しては、実質お世話係の野上さん(鬼灯家執事)が勝手に責任を持って見てくれるのでさほど心配ない。
 だだっ広い屋敷の中は初めこそよく迷ったが、目的地がかの姉妹たちの勉強部屋ぐらいしかないため、その問題はもはや解決済みである。
 玄関に繋がる大広間を豪奢な階段をすたすたと降りて突っ切り、玄関の扉に手をかけた。


仁藤ヤヤ
≪幸運25≫→66→失敗


「もう帰るのかね」

 ――――だぁぁぁぁぁ!ちっくしょぉぉぉ!後一歩!後一歩だったのにぃ!

 心中で盛大な歯ぎしりを奏で、私は本日二回目の回れ右をする。

「はい、旦那様」

 ゼロ円スマイルを貼り付けて雇い主である旦那様―――鬼灯狐乃一(コノイチ)様を見返す。
 都市開発が頓挫してからというものの、次々と獅子絵町から離れていくスポンサーたちの中で唯一、町に居住し続けることを選んだ強者だ。

「夕食を食べていかないか?シェフが今度こそはと再戦を希望しているのだが」
「お言葉ですが、私は根岸シェフのライバルになったつもりはありませんし、精進せよと進言した記憶もありません。給付金だけで満足ですから賄いは結構です」

 うざい、毎度のことながら本当にうざい。隙を見付けてはこの屋敷に少しでも長く留めようとするこの雇い主の奇行にはいつもうんざりしている。

「…君はいつも早く帰ろうとするが、何か不満でもあるのかね」
「とんでもありません。ココ様もノノ様も一般市民風情の私に対して友人のように接して下さいますし(クソ生意気だけど)、屋敷の方々の気遣いにも大変助かっております。不満なんて―――」

 ―――アンタくらいだよ、狐乃一様。

 うざったいことこの上ないんだよ。アンタに手を焼かれると亡くなった奥様に申し訳立たないんだよ。そろそろセクハラで訴えちゃおうか。

「…作り置きしていた夕飯を無駄に出来ませんし、暗くなる前に失礼します」

 ついでに言うとこれ以上旦那様の口から余計な言葉が飛び出す前に失礼します、だ。綺麗な一礼をかまして扉を開け、その隙間から滑り込むようにして屋敷から出る。

 音もなく閉まった扉を後ろに、二、三段しかない大理石の階段を降りる。目の前にはこれまた立派な大庭園、数十メートル先に巨大な門扉がどっしりと構えている。ああ、ゴールが遠いなぁ(棒)。
 しかし憂鬱さを吐く暇はない。とにかく足を動かさなければ意味はない。そう考えながらも結局のところ、足は出口へと向かって動いている。
 つくづく自分の身体の反応というか対応というか、そういったものの良さに心底救われている。家が火事で燃えた際、崩れ落ちてしまう前に自力で逃げ遅れた祖父を抱えて脱出できたくらいだ。
 ただ、これが本当に自分の身体なのか、疑わしくなる時がある。頭では特に何も考えていないのに身体だけが勝手にアクションを起こすのだ。気持ち悪いと思ったことが一度もないとは言えない。

「おや、仁藤のお嬢ちゃん」

 煙草の匂い。それに顔を思い切りしかめさせて、庭先に居た人物に私は文句を言う。

「…臭いです、元町さん」
「ハハッ、わりぃな。今日はもう誰もここを通らねぇと思ってたもんだから、つい一服」
「だとしても場所が悪すぎです。仮にも専属庭師が仕事場で一服したらどんな雇い主だって良い顔しませんよ」

 ちなみにこの間でも私の足は止まっていない。では何故、会話が成立しているのか。答は簡単だ。元町庭師が煙草を吹かしながら並んで歩いているからである。

「うわぁぁ、ストーカーじゃあないですか。
怖いので前歩いてくれませんか。そんでもって他人のフリしていいですか」
「相変わらずヒネクレ屋だねぇ、仁藤のお嬢ちゃん。野上の柔順さと根岸の愚直さを見習ってみたらどうだい?」
「野上さんはともかく根岸シェフは遠慮します。あれはしつこすぎです。というか元町さん歩き煙草は止めてください」

 ああだこうだ他愛のない会話が弾む。元町庭師の良いところはこうして言葉の往来が順調に行えるからだとか、知らないうちに自分の口から流れ出る世間話に適度に茶々を入れてくれるからだとか。
 …おいおい、そんな期待のこもった目で見ないでくれ。勘違いしないでほしい。元町庭師は確かに魅力値の高い、素敵な男性だ。が、それだけだ。好意的な人間だからといって好意を持つというのは間違いだ。

「そら、着いたぜ」
「久し振りじゃないですかね、元町さんに送っていただけるのは」

 人と話していると歩く速度は確実に落ちるはずなのに、あっという間に出口に着いてしまった。恐るべし元町庭師。

 門に手をかけ、振り返らずに鬼灯邸を出る。追うように元町庭師が言う。

「気ぃ付けて帰れよー」
「はいはい」
「『はい』は一回だ」

 まさか元町庭師にそんなことを言われてしまうとは。吐き出しかけたタメ息を噛み殺しながら鬼灯邸からさっさと離れる。

 そして我が家が建つアンティーク街を目指して、オレンジに染まった夕日坂を行く。




【01:安定しない街の中、溢れる喧騒。】 ―終了―

ライセンス

  • 非営利目的に限ります
  • この作品を改変しないで下さい

【小説】 発狂ウォンテッドと四重奏 part2

『発狂ウォンテッドと四重奏』http://piapro.jp/t/xEwhの小説版の第一話的な何か。

※昨年からクトゥルフ動画にハマっていたので、物語の進め方がダイスロールです。クトゥルフもどきです。苦手な方はユーターンでお願いしますm(__)m

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投稿日:2013/05/14 12:08:18

文字数:4,213文字

カテゴリ:小説

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