二十代の男の家には、二年前から三十代の男が一人居候していた。三十代の男はテレビゲームを、二十代の男は携帯でメールをしていた。かといって、メールをしている方の男は、したくてしているわけではなかった。いや、したいのはしたいのだが、つまり、その環境においてしなければいけないから選んでしているが、その環境にはいたくなかったというわけだ。まあそんな話はどうでもいい。窓の外には雪が降っていた。



 とある田舎の高校の美術室の机の上で、ほったらかしにされた絵の具たちが起き上がった。
赤「こうして閉ざされない生活をするのは初めてだ。しかもそのときに限って、運良く主(あるじ)が教室の電気を点けたままなんて。にしても主、怖い顔していたような気がするな。……とにかく、せっかくの機会だ、いろいろ探索してみよう。」
隣で白が鼻で笑った。
白「そうか、お前さんは新入りだったな。俺らの主はすぐに赤を使いたがるからな。……残念だなあ、もう半分そこらしかお前の命も残っていないだろう。足が潰れて、かわいそうに。」
赤「使われることはとてもありがたいことじゃないか。僕はあなたみたいにずっと使われずにだらだらと生きる人生の方がよっぽどいやだな。自分のこの世界での役割、価値を感じられないからね。」
白「勝手に言ってろ。どうせお前は露の命だ。きっと閉ざされない生活も、これが最初で最後だろう。」
赤はなんとなく自信に満ちた顔で微笑んだ。そして、木製の机から木製の椅子に飛び降り、冷たい床に飛び降り、教室を探索しだした。白がたまらず、自分の場所に寝転がりつまらなさそうな顔をした。
 そんな白のそばに青がやってきた。
青「私は思っていた、この長い眠りの間。あなたは誰よりも繊細だ。しかし誰にも分かってもらえない。そうでしょう。あなたには行き場がないのでは……。」
白「俺のどこが繊細なんだよ、馬鹿げたこと言うな。お前も赤みたいに冒険でもしにいったらどうだ。」
青「素直にならずにいたら、いつかあなたの風船は割れますよ。その風船が割れたら、あなたには何も残らない。悲哀、後悔すらも残らない。それでもいいのか。そろそろ改心した方がいい。」
白「頼むから黙ってくれ。お前の言うことなんか聞きたくないんだ、分かるだろ。さあ、行った行った。」
青は憂いを感じさせる眼で、木製の机から木製の椅子に飛び降り、冷たい床に飛び降り、どこかへ消えていった。白はぶつぶつ何かを言っていた。それから数分して、黒がそっと口を開けた。
黒「白、覚えていますか。一つ前の、閉ざされない生活のときのことを。」
白はそんな話を持ち出される予感は確かにしていた。しかし、どのような表情を作り上げ、どのような声を出せばいいか準備がまったくできておらず、戸惑ってしまった。
黒「覚えていますよね。にも関わらずあなたは、またそうやって素直な気持ちを表すことができないのですか。」
白「黙れ。お前こそ覚えているのか。5年前の閉ざされない生活のことを。」
黒は何も喋れなくなった。少しずつ黒が小さくなり、一瞬消えて、また元の大きさに戻った。二人の会話はそれで終わり、またぼんやりし始めた。
 実はすぐ近くで、赤が白と黒の話を聞いていた。しかし、新しくここに入れられたばかりの赤は、5年前はもちろん、一つ前の閉ざされない生活のことすら分からなかった。赤はどうしても気になったため、青に尋ねることにした。青は美術室の後ろの済みの、彫刻等やカッターなどの道具が入った道具入れの下にいた。
赤「青、ここではいったい何があったんだい。五年前から、何かが立て続けに起きているんだろう。」
青は赤のほうは一回も見なかった。しかし、赤の質問に答えだした。
青「3年前に桃が来たんだ、ここに。その桃は白のことを愛してやまなかった。もちろん、白は恋ができない。しかし、主が白と桃をたまたまぶつからせたとき、白に桃が混じったんだ。それによって白も恋ができるようになり、二人は両思いになった。」
赤「すごい偶然だ……。まるで神が無理やり近づけようとしたかのようだ。」
青「そして一つ前の閉ざされない生活のとき、桃はとても白にアピールしていた。何度も話しかけ、何度も触れた。しかし、白はあんな性格だから、素直に気持ちが言えず、ひどいことを言ってしまった。」
赤「ひどいことって……。」
青「またお前と混じることなんかあったらどうするつもりだ、俺の全てを壊すつもりか、もう近寄るな、来るんじゃねえ……と言ったんだ。」
赤は眼を見開いて、唾を飲んだ。
青「そのショックで桃はどこかへ行ってしまった。それ以降帰ってこなくなった。……とまあそんな話だ。」
赤はそんな恋の話に驚いた。
赤「白にそんな意外な過去があったなんて……。……じゃあ、五年前の出来事とは。」
青「5年前の出来事については……。さらに昔の話だが、ここには黄がいてな……。」
青の口の動きが止まった。青は血の気が引いた真っ青な顔をしていた。
青「悪いが言いたくない。本当にすまないな。」
赤はお礼を言い、その場を立ち去った。その後青は震えていた。一人で。教室の隅で。



 二十代の男は、午後十二時にいつもの公園の物陰で彼女と待ち合わせをした。男が待っていると、彼女が現れた。暗闇の中だったが、すぐに分かった。
男「ああ、やあ……。」
それから、ほんの数秒の出来事だった。冷たい冷たい真っ白な雪の中、男の暖かい桃色の血が舞った。
男「な……。おい嘘だろ嘘だろ!やめろ!嫌だあ、死にたくない!」
女「あなたが他の女と話すからでしょ。他の女の隣に座るからでしょ。他の女を見るからでしょ。他の女とすれ違うからでしょ。私は悪くない。私は悪くない。私は悪くない。」
女は引きつった酷い笑い顔だった。女が持つナイフからは、男の血が垂れ、地面を鮮やかに塗った。男の悲鳴の代わりに、月の大きな笑い声が聞こえた。



 刑事A「うわあ、なんだこの絵。真っ赤な男に真っ赤な女、真っ赤な……何だこれ……。」
刑事B「人には人のセンスがある。これらも立派な高校の美術教師の作品だ。そんな顔をしたら失礼だぞ。そんなことより、早速調べるぞ。」
刑事A「そうですね、よく見れば良い絵に思えてきました。よし、取り掛かりましょう!」
刑事たちは美術準備室を調べ始めた。前の廊下には十数名の生徒が集まって、がやがやと騒いでいた。全員げらげらと笑っていた。そこに先生が注意しにきた。
先生「おい、全員教室に戻れ、放送が聞こえなかったのか。今日はこの辺に近づくんじゃない。」
先生もげらげらと笑っていた。約十分後、刑事Aが不思議なものを見つけた。
刑事A「Bさん、これ何でしょうね、真っ赤な絵ばっかり描いているのに、こんなところに。」
刑事Bは興味深そうに、刑事Aが開いていた引き出しを覗き込んだ。そこには、桃の絵の具が一つ、転がっていた。

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とある美術室での出来事

一人って、一人とはいえ与える影響力ってすごいですよね。昨年、いとこが生まれて、みんなが抱きかかえて笑顔になっているのを見て思いました。
そんなことが伝わればいいと思います。

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投稿日:2013/01/04 16:51:02

文字数:2,836文字

カテゴリ:小説

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