見えないモノが此処に一つ。隣りにもう一つ。併せて二つ。
見えぬ幻、二つ。
「バク、と言う生き物を知っているかな?」
僕の目の前に空気の中からとけだしたかの様に現れた少女は、いきなりそんな事を問うた。白いワンピースをふわりとなびかせる様を見ながら、僕の口から疑問が零れる。
「は…?何いってんの。」
突如として現れた彼女(推定)は、さしていた白い傘を折畳みながら、僕のことなどお構いなしに話始めた。何なんだ、コイツ。晴れてるのに傘さしてるし、いきなり現れるし。
「バクというのは、空想上の生き物とされている。麒麟や一角獣なんかの仲間だな。特徴は、夢を食べるということだ。」
「何言ってんの?」
人間はパニックに陥ると同じことを繰り返してしまうらしい。僕はただの中学生。今は初夏。先週衣替えがあったばかり。なのになんで訳の分からない女の子に絡まれないといけないんだ。フツウにしていたのに、なんでこの僕が。
「ん? バクの生態についてだが。」
しらっと返された。あー、僕、こういう人苦手なんだけど。本当、家に帰ってのんびりしたいんだけどなぁ。ダラダラ話したりしないで、とっとと帰ってたらよかった。
「いや、いきなり現れた白いワンピースの女の子にバクの生態について語られているこの僕の状況はなんなのさ。」
どうしよう、ヤバい人だったら逃げないと。ていうか、逃げたい、切実に。
「僕は、バクだ。」
「はぁっ!?」
…なんか、宣言された。いや、宣言されたも何も、意味が分からん。この人に僕の言葉は届いているのだろうか、不安になってくる。誰か通訳して下さい。
「だから、君の夢を食べる。」
…。あぁ、バクは夢を食べるモノだから、僕の夢を食べに来たんだ。
ってか、納得するなよ、僕。これって有る種の脅迫ってヤツなんじゃ。そうだとしても、何を脅迫してるんだよ。脅迫してる対象が分からない。もう本当に嫌だ。なんで脅迫されないといけないんだよ。やば、泣きそうになってきた。本当にツイてない。
「ちょっと待とうよ、君は何をどうして欲しいの。分かんないんだけど。」
「分かってくれなくていい。それに、何もしなくていい。僕は人の夢を食べる。そのために夢を持っている人が必要。だから、夢を持つ君に会いに来た。」
簡単な、そして、事務的すぎる説明。それを語る少女の顔は、どこか悲壮で悲惨で悲願で、切ないくらいだった。助けて欲しくて助けて欲しくて、でも、頼らないと決めたような。そういう感じ。
「それなら、あんたは何故名乗った。どこにもそんな必要は無い。」
「それがルール、しきたりだから。守らないと、夢を食べてはいけないから。」
よく分からないけど、夢を食べるルールがあるらしい。一般人の僕は、そんなこと知らない。
「そのルールって何なんだよ。」
「しきたりのこと。夢を食べる為には、まず、相手を探す。その次に、夢の内容を知る。そして、やっと夢を食べられる。」
長っ!食べられるようになるまで、長っ!いや、そうでもないのか。僕には分からない。でも、そんなことより、大事なこと、大きな欠陥がある。
「えーと、だな。僕には夢なんて無いんだけど。」
「別に良いんだ。」
「はぁっ!?」
夢を食べるんじゃないんですか。あんたは。啼かせるのも、殺すのも、待つのも、ホトトギスがいるからこその話だろ。
「無ければ創ればいい。それだけの話。」
絶句。なんとなんと、創ればいいと来ましたか。無いモノは創ればいい、たしかに道理に適ってる。てか、僕にどうして欲しいんだ、ホントに。でも、そんなことより、ずっと彼女を見ていて思ったんだが、
「あー。今さ、何か君のこと、助けたくなったんだけど。」
「はぁっ?」
おぉ、初めてこの娘を驚かせる事に成功したんだが。ちなみに、いった言葉は嘘では無い事をここに明記しておく。いや、なんか、助けられそうな人くらい、助けたいじゃないか。目の前にチャンスはある。それならば、掴んでヒーローになるのも悪くない。とか思った訳で。さっきの表情があまりに切なかったから、とかじゃないからな、断じて。
「僕、夢を探すから。」
「君って、天然って言われないか?」
「たまに言われる。」
「そうだろうな…。」
いや、何故そこで俯く。僕はどうすればいいのか分かんないんだけど。でも、夢、か。無いんだけど、ホントに。
「あ、」
「なんだ?」
いいこと思い付いちゃった。
「君の言う夢、というモノは、願いであれば良いんだよな。」
「ま、まぁそうだが。」
ならばこんなモノでもいいかな?
「いつか、夢を君に渡しに行く。なんて。いいかな?」
ズルかもしれない。けれど、矛盾はしてないはずだ。これが今、僕が送ることができる、最高の夢。
少女の顔が、明るくなる。あぁ、そんな顔も出来るんだ。と思って気付く。彼女は今迄ずっと浮かない顔をしていたことに。
「いいぞ。いつでも。なんてったって、僕はバクなんだから。何時まででも翔んで行ってやる。」
満面の笑顔。喜びがキラキラしているような笑顔。そんな表現が嘘ではなく似合う顔だった。でも、僕は彼女の喜びに共感出来ない。通りすがっただけの、僕には分からない。それが少し寂しかった。
「じゃ、そのとき迄。さようならだ。」
「あぁ。さようなら。」
笑顔の彼女は、また空気に溶け込む様に消えていった。
幻二つ。
違うレールで生きている。
裏と表のそのレール。
かのメビウスの輪のように、どこかで繋がる、そのレール。
繋がるその時を待ち、彼と彼女は逆様に。
反対へと歩き出す。
また会うその日まで。
この邂逅を忘れぬよう、此所に刻んで彼らは行く。
コメント0
関連する動画0
ご意見・ご感想