「さて、諸君はジャガイモの芽には毒素が含まれていることを知っているだろうか。」
両手を目の前で組み、真剣かつ悲壮な面持ちで青い子は皆に問うた。
その光景を漫画にして吹き替えを「実は、明日ハルマゲドンが来る」と差し替えても何の不思議もない光景であろう。
だが、所詮その吹き替えの中身はジャガイモ。
しかも芽の部分限定。
明日世界の終わりを迎えると言われた方が、この場にいる誰もが真剣に取り合ったであろう。
別にジャガイモを馬鹿にしているわけではない。
ジャガイモの主成分はでんぷんであることは周知の事実。カロリーはお米の半分、炭水化物の燃焼に不可欠なビタミンB1はお米の3倍という、女学生やOLの体重管理に優しいジャガイモ。薄切りをフライにすれば立派な酒のつまみだ。ビタミンCも豊富で、古来では不足しがちであった船乗りの貴重な食料源でもある。ヨーロッパや東アジアではジャガイモを主食としている国も多い。
想像以上に世界中で愛され食されるのがナス科ナス属所属のジャガイモだ。
因みに、ジャガイモ二個を直列でつなぐと簡易電池ともなる。これで時計を4週間は動かせる。
だが、何故そんなもうすぐハルマゲドンがやってきますよ、的な雰囲気と面持ちでジャガイモについて語りだすのか、この男は。
しかも語るは芽の部分のみ。
有益なところなど蚤の毛ほども見当たらない。
本人も言うように、ジャガイモの芽が持つのは毒―ソラニンことアルカロイドだ。
逆を言えば、植物毒のほとんどはアルカロイド。何故ジャガイモの芽に限定するのであろう。
(いや、しかし、毒という観点においてはこの馬鹿の表情もあながち間違っているというわけではないか。)
窓際を陣取り、きちんと座布団の上に座っている赤の子は読んでいた新聞を捲りながら思った。さして興味もないエンタテイメントのページを飛ばし、株価の一覧に目を落とす。
(PGAにおける致死量は成人男性で3~5mg。子供はそれより少ない量で致死量に至る。)(ジャガイモ1kgに含まれるアルカロイドは約1.8mg。)
(あの子は一度にジャガイモを1kg以上も食べているのかな。食べる気なのかな。)
(思考回路が異常だから、もしかしたらもう他の中毒症状が出ているのかもしれないよ。そうしたらジャガイモを何kg食べようと無駄かもしれないけどね。)
(そうでなかったとしても、もう手遅れだよ。)
くすくすと笑いあう黄色の双子。その手には子供らしく人形が握られている。そして遊びの内容は、これまた子供らしくおままごと…というわけではなく、法廷ごっこ。双子の片割れ、女の子の左手に持っている人形が被告人。右手に持つ人形は弁護士。双子のもう一方の片割れ、男の子の左手の人形は裁判官。右手の人形は、最近の趣向を凝らして裁判員。
(ジャガイモの中に含まれるソラニンの分解温度は250度前後。昨日の晩御飯はグラタンだった。そのグラタンにはジャガイモが入っていた。グラタンの加熱温度、200度に達してなかったのかな。)
ぬるくは感じなかったんだけどなぁ、とぼんやり思うは緑の子。その手には双子と同じように人形が。右手の人形は原告人。左手にあるぬいぐるみは検察官代りだ。
緑の子は黄色の双子と一緒に仲良く法廷ごっこに興じていた。
一つだけぬいぐるみなのは単に人の形をしたおもちゃが足りなかったからだ。
因みに彼ら三人の周りに転がっているおもちゃやら文具やらは証拠品として法廷に提出されたものである。どうやらドラマの設定は殺人(未遂)事件。おままごとの定番、おもちゃの包丁が凶器。加害者と被害者の関係は昼ドラよろしく泥沼三角関係らしい。その他にも人形やらが転がっているのだが、それは時と場面によって承認などを入れ替えたりするためのものである。
時折端折りながらも、大まかな流れに則って本物の裁判さながらの法廷ごっこは着々と進んでいる。
都市不相応に可愛くない遊びだ。
各人高尚な遊びや情報収集に余念がないが、他人の言葉を聞いているあたり、さすがは特殊学級といったところか。
また、言い出しっぺである青い子自身、悲痛な面持ちの芽の先にはジャガイモとは全く無関係であるはずの天文学。彼はジャガイモ(の芽)座という何とも珍妙かつ愉快な星座でも見つけたのであろうか。もしかしたら自分自ら作り出したのかもしれない。しかし仮にそうだとしても、その星座は彼の妄想の範囲を超えることなく、誰にも認知されることはないだろう。
とりあえず誰かそろそろ突っ込んでほしいところだが、誰もが彼の発言を空気以下の存在として取り扱っていた。
そんな状況に慣れているのか気付いていないのか(空しいことにおそらく前者だ)、誰も彼の問いに答えてはいないというのに青い子は話を続けた。
「不思議なことだとは思わないか。芽だぞ?毒素が含まれているのは、芽なんだぞ。芽とは何だ。木々においては未発達の枝のことを指し示すと一般に言われているが、これは結局のところ鶏が先か卵が先かの鶏卵論争と同じ問題をたどるものだと思っていい。芽が先か?本体が先か?だが人に当てはめたところで同じであることは明白。大人が先か?赤ん坊が先か?」
(いや、人の場合、“猿”からの派生だろう。)
「ようするに、これから先の成長請うご期待!というような存在が毒素の塊を持っているわけだ。哺乳類に例えるなら赤ん坊、両生類だと訳のわからん泡じみた卵だの何だのに相当する。奇妙奇天烈じみた生物ならともかく、牛・豚・鳥だの魚だの植物だの犬だの有機物を我々は食し、生きている。」
(今、挙げられた食の項目の最後に変な選択肢がなかったであろうか。)
「勿論、生きとし生けるモノ全てに毒素がないというわけではない。そもそも何故毒素という忌まわしき要素が存在するのか。その一番わかりやすい例として挙げられる理由の一つには、外敵からの保護がある。『綺麗なバラには棘が…』という諺が存在するように、毒も棘も一種、攻撃は最大の防御の典型と言える。自らの身を守る術が最大の武器となりうる。そこを行くと、かの高級食材と謳われている河豚など実にえぐい、もとい用心深い生き物ではなかろうか。棘も毒も、両方とも兼ね備えている。味に定評がなければ見向きもされないようなボディをしているのにね。
そして、個体差や種属間の違いはままあれど、総じてどの生物も生まれたての頃が免疫力・抵抗力・防衛・攻撃力のどれも成体に比べて弱いことは明白の理。だからこそ、敢えて幼体期に外部からの攻撃・侵略を受けないためにも、抵抗策として毒素を持つ。
そもそもが、生物の本能の根源にあるのは子孫を残すという行為に他ならない。何故子孫を残さねばならないのか、それを知りえ、少しの反論の隙をも許さず完膚なきまでに答えを出せる者はいないと確信している。何故ならば、それはこの地球上に生命が誕生したと同時にすでに埋め込まれていたプログラムの一つであるからだ。このプログラムが生命に成長(生長)と進化、それから思考をもたらした。」
(相変わらず脱線がお家芸のようね。このままだと、世界の平和のためにはジャガイモの芽が必需であるとか言いだしそう。)
「よって、植物ならびにその他生物が毒素を備えているのは至極穏当なことであり、我々はそれを憂うことなく受け入れなければならない。いや、むしろ尊敬と畏怖の念をもって愛でろと言ってもいい。」
(・・・・・・・・・。)
(・・・・・・・・・、)
(・・・今、話が一気に飛ばなかっただろうか?)
(・・・そのうち、アルカロイドが世界を救うとか言い出すよ、きっと。)
(・・・誰か止めてきてよ。)
(貴方の頭も性格も人生も終わりだから、ジャガイモの芽や皮と心中すればいいんじゃないかな、って言ってくればいいのかな。)
(誰か犠牲、もとい相談くらいのればいいじゃないの。ソウダンくらい。)
(掃断(そうだん)の間違いじゃない?・・・で、結局誰も行こうとしないところが流石だよね。)
そう思いながら「準備書面を陳述しますか~?」と、裁判官役の双子の片割れが被告役に尋ねた。
それに対し、被告役のもう一人の片割れは「え~、では。XX年○○月△△日付けの・・・」と、従来の流れに沿って陳述を始めた。両社ともやややる気をそがれているのは、同じ室内で延々と生物の生存競争から生じる防衛策と成体の進化論についての演説が繰り広げられているせいであろう。
本来、簡易裁判でない限り、裁判をよりスムーズに、理解しやすいものとするために口頭弁論にはあらかじめ質疑・応答などのために書面の準備が定められている。プレゼンや発表で質問を予想し、回答を前もって用意しておくようなものだ。
しかし、彼女らの手元にそれらしき書類や紙面などは一切ない。
なのに、朗読するかのごとく、淀み且つ矛盾なくスラスラと発言は続く。
遊びの最初に大まかな舞台設定は決めたものの、詳細な事件内容などは一切決めていない。台本なんてものも存在しない。発言や応答はすべて、役者に任せられている。そして、その場その場で言われたことを即理解・記憶し、次なる行動につなげなければならない。勿論、一度口に出したことを取り消すことなんてできやしない。自己の発言に責任が課せられるものの、裏を返せば、先に言った者勝ちである。
すなわち、裁判が進む度、事件が詳細に決定される。リレー小説の裁判型のようなものだ。
本当に年齢に似合わず、可愛くない遊びだ。
けれど、それでも、青い子の演説をこの場に居る誰も無視していない辺り、余裕があるのか、薄情にはなりきれないのか。
青い子自身、それをどこまで分かっているのか、気付いているのかは知れない。
ただ、誰も聞いていないことを知っていたのであれば、最初にこうは言わなかったであろう。
『さて、諸君はジャガイモの芽には毒素が含まれていることを知っているだろうか。』
パサリ。
本日の新聞を読み終えた赤い子が新聞を綺麗に、小さくたたみ始めた。
その仕草は、さながら朝通勤途中のサラリーマンさながらだ。折り方まで同じときた。もはや、大人らしさを通り越してオヤジくささしか感じられない。
「で?」
赤い子が壁に掛けられた時計を見ると、あと5分で「ククルック~、クルック~」と可愛らしい鳩が時計の小窓から飛び出してくる時刻となった。工学(=工学専攻)とデザイン専攻の共同作だ。自家発電機能を備えた電波時計。これまで止まったり狂ったりしためしがない。
小窓から飛び出してくる鳩は、子連れであったり夫婦であったりと、時間によって無駄に形を変える。夏になれば肝試しよろしくお化けの恰好であったり、秋になれば焼き芋や本を持っていたり絵を描いている姿だったりするし、冬になればスキーの装備なんていうのもある。本当に無駄としか言いようがない機能だ。鳩はあの狭い時計の中で一体どんな暮らしをしているのかそろそろ気になるところだ。
「力説や御託はいいから」
ふぅとため息をつきながら、新聞をマガジン受け付きの新聞掛けへと戻した。
「観念して給食食べなよ。そろそろ午後の部、始まるよ?」
「あは。五週間連続でジャガイモ料理だったもんね。さすがに飽きるよねぇ。でも、食べなきゃ、だね。」
「園の近くにある畑で育てたやつでしょ。食専(=食物専攻)の子達が栽培の実験に成功したって言ってた。今回は中々に豊作だったみたい。でも、そろそろ尽きる頃じゃないかな。」
いくら大量にとれたからと言って、この研究所に居る全員(事務等の職員及び非常勤や清掃等パート含む)の分を賄っているのであれば、底が尽きるというもの。
「うん。そうだと思うよ。あ、でも大丈夫。次はサイツマイモがジャガイモの三倍はなったって言っていたから。これから二ヶ月くらいは大学芋が出たりして。」
何が大丈夫なのか分からない。
法廷ごっこをやっていた三人も、人形やらぬいぐるみやら、周りに散らばっていたおもちゃもをおもちゃ箱へと返し始め、各々フォローにならないアイの手を差し伸べた。
青い子は聞いているのか、いないのか。
相変わらずげんなりした様子で、約一か月毎日出続けたジャガイモ料理をつついていた。
おもちゃ箱に片付け終わった双子の片割れ、レンがおもちゃ箱を元あった場所にしまいながら、
「だけどルカ、よくカイトに話掛けられたよねぇ。」
あの話延々と続くから、敢えて皆関わり合いになろうとしなかったのに。
「話は簡単だよ。ルカが今日の給食当番だからだよ。」
早く片付けたかったんだろうね。
面倒事は誰だってちゃちゃっと片付けたいものだよと緑の子、ミクが笑う。
「それに・・・ここに居る大人達が、たとえそれがジャガイモの芽だろうとテトロドトキシン含む河豚毒だろうと、生死に関わる危険要因を取り除かないはずないじゃない。
だって、ここは、あくまでも、腐っても、研究所でしかないんだから。」
そして、私達はその貴重な研究対象。
双子のもう一片、リンがどこまでも無邪気に笑った。
舞 台 :文部省管轄外 ○○科学研究所付属 呂惟努(ボカロ)学園幼等部
所 属 :特殊教育科音楽専攻(俗に神童と謳われるほどIQが異様に高く、かつ特殊能力
(この場合、音楽における才能)に秀でている者達が在籍する)
在籍人員:5名
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