ある日のこと。
僕は、小さな小屋の中でこの世に生まれてきた。
目を開けると、そこには《君》がいた。
それが、僕が生まれてきて最初に見た風景だった。
君は、僕のことをなんだか嬉しそうに見つめていた。
どうしてそんなに嬉しそうにしているのか分からなくって、僕はきょとんとして君を見ていたっけ。
僕は、周りの風景にも目をやった。
周りには、かっこよさそうな道具とか、いろんな色がついた糸がそこら中にあった。
後で君は、かっこよさそうな道具を持ちながら、
「これは『スパナ』、あっちにあるのは『トンカチ』で、そこに落ちているのが『ドライバー』って言うんだよ」
って教えてくれたね。
そうそう、カラフルな糸のことを、どうせん、って言うことも教えてくれたっけ。

しばらく経った後、君は、僕を「アルファ」って呼んだ。
アルファ、って言うのは、どうやら僕の“なまえ”ってやつらしい。
「名前ねは、人が必ず持っているものなの」
君は、そう教えてくれた。
そういえば、僕は君の“なまえ”を聞いた覚えがない。
だからいっつも僕は、君のことを「キミ」って呼んでたね。

君は、なまえの他にもいろんなことを教えてくれたね。
外で吹いている風が心地良いこと、花は甘い香りがすること、晴れた日に外を思いっきり走ると楽しいこと――。
そういえば、君は走り回った後、口から「ハァ、ハァ」って苦しそうに息をしてた。
なぜ君が苦しそうになるのか、僕には理解できなかった。
僕はどれだけ走りまわっても苦しくはならなかったから、理解できなかったんだ。
それからかな、僕が「ヒト」ってものとは違うんじゃないかなって思い始めたのは。
少しだけ、君との距離が遠いな、って感じたんだっけ。

とある日のこと。
君と僕が住む家に、たくさんのヒトが来た。
たくさんのヒトは、君に向かって口々に何かを叫んでた。
それを聞き続けている君の顔は、どこか寂しそうだった気がする。
一時間くらい経ったころ、たくさんのヒトはどこかへいなくなった。
君はその場に座り込んでしばらく黙ってたね。
僕はそんな君を見て、何かしなきゃって思ったから君に近づいた。そうしたら君は、
「ごめんね……」
そう、呟いた。
「ごめんね、私が悪いの。何も心配しなくていいからね。私は人類の未来のために、アルファを――したのに……」
また、君は呟いた。僕は、君の言葉を少し聞き取れなかったけど。
その日、君はずっと僕のことを抱きしめながら謝り続けていた。
僕はその時、今まで感じたことのない、君の身体の中から響いてくるリズムを感じたんだ。
それは、君にはあって、僕には無いリズム。
そのリズムは、僕をとっても心地良くさせてくれたことを今もはっきり覚えているよ。
 ――君との距離が縮まった。
そのことが、僕はとっても嬉しかったっけ。

あの日から数日後。
君は僕に、とんでもない事実を教えてくれた。
どうやら僕は「ヒト」ってやつではないらしい。
耳が言うには僕は「アンドロイド」というものらしい。
なぜだろう、悲しかった。
なんとなく感じてはいたけど、改めて君と僕は違うんだって思うと、とても悲しくなった。
そんな君は、なぜだか笑ってた。
君が笑ってるのを見た時、初めは
――何で笑ってるの? 君は、僕と違うことが嬉しいの?――
って嫌な気持ちになった。
けれど、君の笑顔、どこかスッキリしたような笑顔を見ていたら、嫌な気持ちなんかすっかり忘れて、

僕も、笑ってた。

僕が笑い出すのを見た君は、もっと幸せそうな顔を見せた。
それが、たまらなく嬉しかった。
その日は、この前とは違って君と一緒にずっと笑いあって過ごしたね。

それからはとっても楽しくて幸せな毎日が続いた。
僕が出来ることも少しずつ増えていった。
おそうじ、せんたく、おさらあらい……とにかく色んなことが出来るようになっていった。
 
その替わり。
君が出来ることが少なくなっていった。
君が少し前まで完璧にできていたことが、君はいつの間にか出来なくなっていた。
君の顔は、くしゃくしゃと丸めた紙のようになって、腰はだんだんと丸くなっていった。
僕は、君が見えない〔何か〕に追われているように見えた。
見えない〔何か〕に、恐れているようにも見えた。
それでも君は、どこかつらそうに見える君は、

いつも笑顔、だったっけ。

それから多くの時間が経った。
いくつものカレンダーをめくったね。
僕が生まれていた頃は、かわいらしいキャラクターが描かれたカレンダーを使っていたけれど、君の腰が曲がり始めたころかな、風景写真が描かれたカレンダーをに変わっていた。
カレンダーに写る風景写真を見ながら君は、
「こんな素敵な場所、いつかは行ってみたいねぇ……」
と呟いた。
君は、カレンダーをめくって新しい月になる度に同じことを呟いていたね。
 
八月の初め。
ビリビリ、と心地良い音をさせながらカレンダーをめくると、海の青色と空の青色が鮮やかに合わさった風景写真が描かれていた。
それを見た途端君は、いつもと同じようにあの言葉を呟いていた。
それを聞いて思わず僕は、
「連れて行ってあげるよ。今度は僕が君に何かする番、だから」
と呟いた。
君は、僕が言った言葉に、しわくちゃになった笑顔を見せながら大きくうなづいてくれたっけ。

ある冬の日。
君は突然ベッドから起き上がれなくなったね。
僕はとまどいを隠せなかった。
起き上がれない君は、懸命に生きようと頑張っているように見えて、このまま眠ってしまおうかなって考えてるようにも見えた。
君は、きっと苦しいはずなのに、僕に向かってこう言ってくれたね。
「大丈夫、心配なんかしなくていいんだよ。大丈夫、私は、いつでも君を見守ってるからねぇ……」
君は、僕の胸に手を当てながらそう言ってくれた。

数分後。
君は、静かに目を閉じた。

きっと、君が恐れていた〔何か〕に連れて行かれたのだろう。
その〔何か〕ってやつは、君のことを二度とここへは戻してくれないらしいようで。
二度と君の優しい声が聞けない――。
そう感じた僕の胸は、ぽっかり空いたような、そんな気がした。

君が眠ってから半年が経った八月の初め。
僕は、君と見たカレンダーの風景 ――あの、海の青と空の青が鮮やかに描かれていたあの写真―― がよく見える丘に立っていた。
君が遺していった、あのかっこいい道具やら服やらを持って。
その丘には、君のお墓が造られていた。
どうやら、君の“しんせき”ってヒトが造ったらしい。
――あっ。
僕は、その時初めて君の名前を知ったんだ。

「そうか。君は、君の名前は『アイ』って言うんだね」

 嬉しかった。
 今まで知らなかった君の名前がようやく分かったことが。
名前を知ったことで、君に近づけたって思えたことが。
嬉しかった――。

君――、アイはもう僕の前には現れてくれない。
そう、永遠に。
僕はこれからいろんなヒトに会って、僕は必ずそのヒトを見送ることになるだろう。でも、これは仕方がないことなんだ。だって僕は「アンドロイド」だから。

僕は「ヒト」とは違う。
とても似ているけれど、違う。
どうやら、ヒトはいつか死んでしまうのだけれど、アンドロイドにはそれが無いらしい。
僕はアイが死んだ時、アイがヒトであること、僕がヒトじゃないことをとても憎んだ。
でも、今は違う。
僕は、僕。アイは、アイ。
僕は、この世界を生きて、見守り続ける。そんな仕事を任されたんだって思う。



ヒトは、ヒト。アンドロイドは、アンドロイド。

僕は、僕なりの使命を果たすために、そしてアイのために、これからもずっと、何があっても生き続けようって思うんだ。

一人は寂しくないのかって?

大丈夫。アイは、ずっとここにいるからね!


-fin-

ライセンス

  • 非営利目的に限ります
  • この作品を改変しないで下さい
  • 作者の氏名を表示して下さい
  • オリジナルライセンス

とあるアンドロイドのお話。

どうも。ニコニコでは、ニコニコ大百科というところで活動しています。ふわっふうです。

このピアプロのアカウント、長らく放置していましたが、小説を書き残すための専用アカウントとして再起動しようかなと思います。

そんな再起動1発目に選んだ今回の作品は、高校時代に書いたもので、VOCALOID楽曲を元にして書いた小説です。

元ネタの楽曲は、「添い遂げたアンドロイドへ」 http://www.nicovideo.jp/watch/sm17651826 という楽曲で、僕が素直に感動した楽曲の一つでもあります。

自分が書いてきた小説の中でも、簡潔にかつ素直に感動できるような作品に仕上がっていて、結構自信作のつもりです。

3000文字程度と、少々短いとは思いますが、切ないアンドロイドのお話、お楽しみください。

閲覧数:133

投稿日:2015/09/19 18:19:38

文字数:3,223文字

カテゴリ:小説

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