episode0-7
この時代の移動手段は…当然の事ながら、馬である。当然の事ながら…今どきの高校生は乗った事すら無い…。目の前には…用意された馬たちが居並ぶ。『ヤバいヤバい!…俺は、馬なんて乗った事無いよぉ~!あぁ~…当主としての威厳の危機だ…。』「殿の馬はこちらになります。」信繁の指先には…白い馬が用意されていた。『何とも言えない、見事な馬だ…。』引き寄せられる様に馬に近づき、体が…馬に乗る事を覚えていたかの様に…勝手に動き出し、あっという間に馬に跨(またが)っていた…。『あれっ…?いつの間にか、馬に乗ってる!……。へぇ~…こんな風景なんだ、馬の上って…。案外…眺めのいいもんだな…。また…この刀の力のお陰だろうか…?』
信介の視察部隊が村落に入って行く…。焦げ臭い匂いに混じって、何とも言えない血生臭い匂いが鼻を衝(つ)く…。農民の拙(つたな)い住いが全て焼かれ…幼い子供の泣き声が響き渡る…。その幼子(おさなご)を抱きかかえて…呆然とする母親。敵か味方か、判らないほどの兵士が…槍に腹を突き抜かれ…頭を斬られ、血飛沫(ちしぶき)に塗(まみ)れる…無惨に殺された遺体があちこち転がる。無力な農民たちが、方々で惨殺された亡骸(なきがら)が眼に入って来る…。その亡骸に寄り添い泣く声が響く…。何処かで…突然、断末魔の声が聞こえて来る。『これが…本物の戦場なんだ…。』思わず…吐きそうになって口を押さえる信介…。「殿っ…!大事ありませぬか!」信繁が気遣(きづか)う傍(かたわ)らで…手を合わせる戸次殿の姿に…準ずる様に、藤堂殿、加藤殿、丹羽殿らが手を合わせる。遠くの方で…鎧姿の武将が3名、同じ様に手を合わせる姿があった…。あれは…明智殿、竹中殿と黒田殿だ…。「わしは手を合わせぬぞ!所詮、この世は強き者が国を治める…。大願成就の為の犠牲に過ぎないと…今までの歴史が物語っているではないか!」福島殿が声を荒げる。「…お主の言う大願成就とは、何だ…?」戸次殿が問い掛ける。「安定した武家の世の中を造る事だが…。それが何だ…!」「安定した武家の世の中は良いとしても…その世の中に、武家だけでは困るであろう…?食べる米はどうする?着る物は?味噌や塩は如何致す?…農民たちや、商人たち、その他大勢の人が、戦(いくさ)が原因で…誰もいなくなったら…世の中は成り立たないであろう?…我々の成すべき事は…争いの無い、安寧(あんねい)な世を造る事だと思わぬか…?」にこやかな笑顔で…戸次殿が問い返す。「…。」言葉を失う福島殿。「…ここに居る武将達、全てが同じ気持ちだと思うが…正則も同じ気持ちを持てる事を祈るばかりじゃ。人が人を斬り殺す武士など…後の世の中には存在しては無らぬ。我々は、こうして手を合わせて…亡くなった者達に誓いを立てているのじゃ…。」その時、物陰から信介の背後に…返り血に塗(まみ)れた武者が現れる。手にした刀からには…今まさに、人を殺した証の血が滴(したた)り落ちる…。「…ほぅ~っ、珍しい事もあるものだ…。大将首(たいしょうくび)が目の前に現れるとはなぁ!…その背中の家紋は□□□□の証!覚悟致(いた)せ~ぃ!」口を押さえる信介が…殺気に気付く。『右下から…来る!』前屈(まえかが)みの姿勢から間合(まあい)を詰にめて、一気に刀を…逆右袈裟斬(さかさみぎけさぎ)りで抜いた!右頬に…生暖かい物が当たる感じがした。ハッと我に返る信介…。馬上から下を見ると…鎧の胸をばっさり斜めに斬られた、武者が倒れている…。血飛沫(ちしぶき)上げて絶命していた。「殿っ!」「お怪我は!」「大事ありませぬか!」突然の出来事に…皆が心配して駆け寄る。「…大丈夫です。」震える声で返事をする信介…。「申し訳ございません!私が傍に居ながら、気付く事が出来ませんでした!」土下座して詫びる信繁。「…あれは不可抗力(ふかこうりょく)じゃ。誰にも予想が付かない事もある…。気に病む事では無い。」加藤殿が宥(なだ)めると皆が頷く…。信介が…刀を握り締めたまま、震えが止まらない様子に…戸次殿が静かに近寄る。「…殿、刀を納めますぞ…。ゆっくり手の力を抜いて下され…。」戸次殿が右手の刀を握り締めた指を…一本ずつ解いてゆく。『…俺は人を殺(あや)めてしまった!人殺しだ…。下剋上と言えども、こんなに心が痛む事を…何百、何千、何万の人を殺す、この戦国時代は何なんだ…!』手を離れた刀を、綺麗に拭き取り鞘(さや)に納めた戸次殿…。呆然とする信介の様子を見て…「今日は、一旦戻る事にしませんか…?こんな事が在った後ですし、殿もお疲れのご様子でございますゆえ…。」「解りました…。お主達も相違無いでよろしいかな。」戸次殿の判断を、藤堂殿が同意を求めると皆が頷く。「明智殿、竹中殿、黒田殿も戦が治まり次第、早々に戻られる様にお伝え下され。」戸次殿の指示に「はっ!この信繁が承りました。」颯爽(さっそう)と飛び出して行く信繁。暫らくして、一行は帰路に着いた。
城へと帰路の途中で…丹羽殿が加藤殿に問い掛ける。「…殿の御様子を察するに…人を殺めてたのは、初めてなのでは…?」「…それが何か?」加藤殿が毅然(きぜん)と問い返す。「…あっ、いや…失礼致しました。」「…我々は、殿が御自(おんみずか)ら選ばれた武将であると自負しておれば…自(おの)ずと道が見えるのでは無いか…?」加藤殿が丹羽殿に諭(さと)す…。「何が遭っても…殿を御守りすると言う事じゃ!のぅ、清正殿!」藤堂殿の言葉にニヤリと笑う加藤殿…。
一行が城に着く…。「殿の御帰りじゃ~っ!」…近侍従(きんじじゅう)たちが集まる。其処(そこ)に、濃殿も現れる。「…殿の様子が変じゃが、何が有った…?」濃殿の問い掛けに…戸次殿が詳細を申し上げる。「判りました…。とにかく、今はお休み頂くしか無かろう…。」鎧を外された信介は…「疲れた…。」と一言、言った後に寝転んで…そのまま寝息を発てて眠り込んでしまった。濃殿はサッと…信介の頭を膝に乗せ…自分の打ち掛けを信介にそっと掛ける…。周りの者達が気遣い…部屋を出る。濃殿が気遣いに感謝の意を込めて、微笑んで軽く会釈をする…。その姿は、聖母に等しい輝きに満ちていた…。

ライセンス

  • 非営利目的に限ります
  • この作品を改変しないで下さい

歴史を変える、平和への戦い

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投稿日:2024/03/17 16:16:21

文字数:2,561文字

カテゴリ:小説

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