悪のメイド 後半
Ⅵ.
病的な世相の中で、私の神経も病んでいたのだろう。
ある日、私の脳裏にとある考えが浮かんだ。
(王女様が死んでしまえば、全てが良くなるんじゃない?)
そうだ、王女がいなくなれば、レン様はきっと私のことを見てくれる。そのうえ、あの悪の王女が死ねばきっと国は平和になる。もしかして、いいことずくめではないだろうか。私はいつものように働きながら自問自答するようになっていた。
王女様が死んでしまえばいいのに
そんなこと考えてたって死なないわ
いっそのこと殺してしまえば…
でも、どうやって…
反乱分子たちを手引きしてやれば…
なんだか怖い
恐れることは無いわ、王女を殺すのは正義なんだから
正義? 私はレン様が欲しいだけ
レン様をあの悪の娘から助けてあげるのよ
でもレン様はリン様に忠誠を誓って…
王女が死ねば、レン様の目も覚める
王女が死ねば、レン様は悲しむ
これ以上レン様を悪事に関わらせたくない
レン様の悲しい顔もみたくない
それは、私が癒してあげればいいんじゃない
でもリン様を殺すなんて大それたこと…
そうしないと、私がリン様に殺されるかもしれない
だからって…
だったら、このままでいいの?
(もう、どうすればいいの!?)
Ⅶ.
王女を殺す。この考えはどうしても私の頭から離れなかった。
私はある日買い出しに行ったついでに、酒場に足を運んだ。反乱分子はよく酒場に集まっているという噂を聞いていたからだ。
昼間なのに薄暗く怪しい雰囲気の酒場だった。
「お嬢ちゃん。若いのに昼間っから酒かい?」
青い服を着た酒場のマスターが話しかけてきた。店の中をみまわすと、昼間だからか客は一人しかいなかった。赤い服の女がひとり、すみで飲んでいるだけだった。
「反乱分子っていないの?」
私の言葉に、マスターは一瞬氷りついたように動きを止めた。
「ここにはそんなのいないぜ。お嬢ちゃん、滅多なこというもんじゃない。」
「そう。」
私はそのまま店を出た。そんなに簡単に反乱分子と接触できるはずなどなかった。私に見つけられるぐらいなら、とっくに軍や警察が捕まえている。私はあきらめて帰ろうとした。その時―
「…むぐっ!」
私は突然うしろから口をふさがれて捕まった。目隠しをされ、私はそのまま、どこかへ連れて行かれた。
目隠しが外れると、私は小さな部屋に閉じ込められていた。腕や足が縛られて動かない。どうやら逃げ出すことはできないようだ。目の前には、さっき酒場で見た赤い服の女がいた。彼女は私に話しかけた。
「見たところ警察じゃないみたいだけど、あたしたちになんの用?」
「あたし…たち?」
部屋の中には私と、赤い女の二人しかいない。
「反・乱・分・子。探してたんでしょ?」
赤い女は自分を反乱分子だと言った。捕まっている状況とは言え、私は接触に成功した。
「あなたたち、王女を殺すんでしょ? 協力するわ。」
「へぇ、入会希望?」
「違うわ。私は王宮のメイドよ。あんたたちに情報を漏らしてやるって言ってるのよ。」
私はあえて乱暴な言葉づかいをした。今思えば、恐かったから、精一杯の強がったのかもしれない。
「内通ね。そりゃ願ってもないけど、あなたは何が欲しいの?」
『レン様』とは言えない。私はとっさに言いかえた。
「このままあんたたちが反乱を起こしたら、私の同僚たちまで殺しちゃうでしょ。協力するから、私たちメイドや召使には手を出さないと約束して。」
こう言えば、聞こえが良い上、召使には間違いないレン様は殺されないはずだ。
「ふーん、仲間の命を守るための裏切りね。あなた良い子じゃない。約束してあげるわ。」
そうして、私は解放された。彼らのことは何も教えてもらえなかった。組織の名前、規模、赤い女の素性や地位、何一つだ。
「あたしたちに協力したいなら、あの酒場に来てちょうだい。」
ただ、その一言だけもらった。
それから私は、たびたびその酒場を訪れた。そして、そのたびに私の知りうる情報を赤い女に漏らした。王女の近況、城の構造、変わった出来事など。私は意図的に盗み聞きをしたり、城内の地図を作ったり、可能な限りあの女に情報を提供した。
私は、王女を裏切った。
今思うと、私はいかに愚かだっただろうか?
ただ、嫉妬と欲望のために自らの主を裏切ったのだから。
私は自分だけのために、か弱い年下の少女を犠牲にしようとしていたのだから。
それなのに、私は正義の御旗の元についたつもりでいた。
自分の醜さと残酷さを見ないために正義の御旗で自分をくるんだ。
これほど身勝手で最低な「正義」があっただろうか?
Ⅷ.
そして、ついにその日がやってきた。
反王国組織が一斉に蜂起し、あっという間に城の中にまで反乱軍が入ってきた。
召使たちは城の中を逃げまどった。私は反乱軍は召使を攻撃はしないと思っていたのでそれほど焦りはしなかった。ただ、レン様が戦いに巻き込まれて死んではいけないと思い、必死で探し回った。
「小娘、どこへ行く!」
混乱の城中で私は呼び止められた。振り返れば紫の髪の剣士がいた。正規軍の装備をつけていないので、おそらく反乱軍の兵士だろう。
「私はメイドです。同僚を探しているのです。」
「ふむ…残念ながら、逃がすわけにはいかぬな。」
紫の剣士はそういってその長い刀を抜いた。
「なっ!? ちょっと、召使には手を出さないんじゃなかったの?」
「確かに、我等がリーダーはそのような事を言っておったな。だが、お主の髪の色や背格好が王女に良く似ておる。念のために、お主の首もはねさせてもらう。」
私は慌てて逃げ回った。それに対して、紫の剣士は一歩ずつ確実に間合いをつめ、おいつめてくる。そして、ついに捕まったと思ったその時、鈍い音がして急に紫の剣士の動きが止まった。
「…おのれいっ!」
紫の剣士は後ろをふり返りながら剣をふった。剣士の後ろに居た小柄な人物は、反り返りながらよけるが、かわしきれず、額の、髪の生え際あたりに傷を負った。
「あ…あ…、レン様!!」
私は思わず叫んだ。剣士の後ろに居た人物はレン様だったのだ。手には短剣を持ち、その短剣は血にぬれていた。一方の剣士は背中から血を流していた。
「話は後です!」
紫の剣士がレン様に刀を振り下ろした。レン様は短剣でそれを受けた。二人の剣がぶつかり合い、しのぎをけずる。だが、レン様はあきらかに押し負けていた。私はそこで、剣士の背中に思い切り体当たりをした。
「へぁっ!!」
変なうめき声を上げ、剣士が倒れた。そこへすかさず、レン様が首に短剣を突き刺し、とどめをさした。
「もうこんな所にまで反乱軍が…。」
レン様は血のしたたる額をぬぐいながら言った。
「…ネルさんでしたか。お怪我はありませんか?」
『ネルさんでしたか』その言葉に私は悔しさを感じた。レン様は私だと思って命がけで助けてくれたわけではなかったのだ。そして、私を誰かと間違えるとしたら、一人しかいない。私と同じぐらいの背丈で同じ色の髪の毛の少女など、そういないのだから。
「はい、大丈夫です。レン様、それよりお怪我は?」
「これなら大したことはありません。それよりも、王女を見ませんでしたか?こんなときにはぐれてしまうなんて…」
こんな状況になっても、レン様はリン様のことしか考えていなかった。
「…レン様、今はご自身の身を憂いてくださいませ。」
私は、レン様の腕をつかみ、レン様の目を凝視して訴えかけた。いつの間にか、私の目には涙が溜まっていた。それは、悪の王女に尽くす哀しい少年・レン様のための涙ではなかった。彼にどれだけ愛をささげようとしても全てが徒労に終わるみじめな自分自身のための涙だった。
「ネルさん。王国はもう滅びます。あなたは早くこの城から逃げてください。反乱軍の赤い部隊はメイドにまでは手を出さないようです。彼らに保護してもらえばいいでしょう。」
レン様は、いつものつまらない雑用で指示を出すときと同じように、落ち着いて、微笑んで言った。
「それならばレン様も一緒にっ!」
レン様は静かに首を横に振った。
「僕は、最後までリン様についていきます。でも、あなたはこれ以上王家と命運を共にする必要はないでしょう。」
「嫌です! 私はあなたにあこがれて、あなたに近づきたくて王宮に仕えたのです。ここであなたに死なれては意味がありません!」
「ネルさん…お気持ちはありがたく思います。ですが、僕はここで逃げるわけにはいきません。」
レン様はいつもの穏やかな微笑で私の肩をなでた。
「でも、悪党はしぶといものですから、僕もただでやられるつもりはありません。」
レン様はそう言って、リン様を探しに行ってしまった。取り残された私は、しばらく呆然としていた。
『ただでやられるつもりはありません』
私はその言葉を、レン様は生きのびるつもりだと解釈した。いや、そう信じたかっただけかも知れない。
なぜなら、彼はすでに死を決意していたのだから
Ⅸ.
その後、私は計画通りに反乱軍に保護された。そして、私の計画通りに王女は捕らえられた。
私は裏切りの報酬として、反乱軍からいくらかの金貨をもらった。でも私には、そんなことはどうでも良かった。私はレン様の安否を反乱軍に聞いた。
「彼は行方不明だ。」
誰に聞いても、その答えしか返ってこなかった。行方不明ということは、きっと、無事に逃げのびているということだ。私はそう信じようとした。
そうして数日が過ぎた。この日は特別な日だった。午後三時に、王女が公開処刑されるのだ。私は、レン様ならかならずその場に訪れると思い、公開処刑の行われる広場に行った。広場に行ってみると、想像以上のひとごみだった。この中にレン様がいたところで見つけられる可能性はほとんど無いだろう。それでも私は必死に探した。
やがて、午後三時を告げる鐘が鳴った。
一瞬の静寂
鋭い刃物が何かを切り裂く音
転げ落ちる小さな球体
そして、雷が落ちたかのような拍手喝采と叫び声
私は、轟音の中、その転げ落ちる小さな球体を見た。あれほどの殺戮を繰り広げ、憎しみと狂気の中に果てていった王女のその首。それは、その血塗られた生涯とは裏腹に、実に穏やかな顔で、まるで微笑んでいるかのように安らかに瞼を閉じていた。私は、その首に見てしまった。髪の毛を下に逆さに止まったその首。髪の毛がめくれてあらわになったその額。そこには鮮やかな切り傷があったのを――
あの切り傷は…髪の付け根にほど近いその切り傷は…
レン様があの時負ったあの傷と同じ…
「い…いやあああああああああああああああっ!!」
私は恐らく、この世のものとは思えないような金切り声をあげていただろう。私はそのまま気を失っていた。
裏切りの報酬は、たった小袋一つにおさまる程度の金貨だった。裏切りの代償は、私の本当に欲しかったものだった。
髪の色も背丈も、私と王女では何も変わらなかった。
その残酷さも、愚かさも。
Ⅹ.
さて、以上に読んでいただいたのが、私の発見した文書の内容である。
港町の文書の書き手と医師の手記にある人物の名前が同じ「ネル」であること。両方の文書の中の「ネル」が、王女の処刑の際に気絶をしていること。この事実から、両者は同一人物とみて間違いないだろう。
港町の文書の内容についてであるが、これは否定も肯定も難しい。また、当時の状況から考えて、革命軍に内通している召使がいたとしても不思議はない。しかし、王女が罰したとされる家庭教師や貴族の娘については特に記録が残っていない。リン王女の暴政に続き革命軍による大規模な粛清と、極刑が乱発された時代であり、戦乱により資料も散逸しているので、事実であったとしても虚偽であったとしても証明するのは困難であろう。
唯一、確認できるのは処刑された王女の額に傷があったことである。ただしこちらも、現在歴史的事実であると認められている史料では「傷があった」とのみ記されており、その傷がどのような形状であったかは分からない。
ところで、この文書が発見された旧民家からは、他にも同じ書き手によると思われる文書が発見されている。こちらの方は、まだ解読ができていないので、今回は掲載を避けた。今後、解読が完了しその背景や裏づけが取れ次第、また掲載したいと思う。
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