Capriccio
剣の掲げる夢
ある赤い服装をした女性は目を開いた。そこに広がるのは真緑の森の中だった。
「わたし、何をしていたのかしら。確か“レンカ”のお見舞いに行っていたはずなのに。」
女性-メイコは独り言を呟く。彼女の目の前に時計を持ったウサギがいる。しかもこちら側へと駆けてくるではないか。
「大変だ、タイヘンだ!!」
何が大変なのかしら-そう思ったメイコは時計ウサギに話しかける。
「何が大変なの?」
「“お姉様”が僕らに気づいてしまった!」
「“お姉様”?」
ワケが分からない、と言いたそうな顔をしながらオウム返しにメイコは時計ウサギに問う。
「“お姉様”は“お姉様”。僕らのアリスの“お姉様”。」
「は、はぁ……。」
メイコはそれ以上何も言えなかった。それより彼女は時計ウサギが別の『誰か』に見えてきたのだ。しかも、その『誰か』は彼女にとって大切“だった”存在だった。
ふと、メイコは気になったことを言う。
「ここはいったいどこなの?」
すると、時計ウサギは声色を変えてこういった。
「ここは“お姉様”の夢。でも君にとっては“現実”。」
「それって……どういうこと?」
その答えに返すことなく、時計ウサギはどこかへ走っていってしまった。
メイコが一人でトボトボと歩いていると白いドレスを着た女性がこちらへ寄ってくる。よくよくみると彼女は車椅子に乗っている。
そんな白い女性はメイコに話しかけた。
「どこへ行くのですか?」
「この森の出口を探しているの。」
「私も出口を探しているの。一緒に行きましょう?」
「あ、うん。」
妙に白い女性はメイコに馴れ馴れしかった。それはまるで久しくあっていなかった友達に会うような態度だった。
「わたしは白の女王のアンと言います。」
「あたしはメイコ。」
自己紹介が終わるとメイコはこういった。
「本当にここは“現実”なの?」
「それ、誰から聞いたのですか?!」
アンは血相を変えて言った。
「時計を持ったウサギから聞いたけど…。」
「あのウサギが言っていることは嘘です。ここは“お姉様”とあなたのための夢の国。」
「また、“お姉様”。いったい誰のことなの?“お姉様”って。」
うんざりとした表情でメイコはアンに言う。
「あなたがよく知る人物ですよ。」
もう、訳が分からない-メイコはそう思った。
森の中を進んでいくと両刃の剣が一つ、地面に刺さっていた。
「どうしてでしょうか。あの剣に触れてはいけないと思います。」
アンが警告するもメイコはフラフラと剣に吸い寄せられるように歩いて行く。
「ちょ、ちょっと待って下さい!」
そう言っている間にもメイコは剣を取る。
「な、何よコレ…。それにあたし…。」
ふと、意識が戻り、メイコはそう言った。だがもう手遅れでもあった。右手の甲に黒いスペードのマークが描かれ、金縛りに遭ったかのように右手は離れない。それからその右手から電流が走ったような痛みが流れ込んでくる。
段々と目が霞んできた。また意識が朦朧としてくる。
「お願い、アン!早く逃げて!」
残っている力で叫ぶ。
「分かりましたわ!」
アンは車椅子を急いでこいでいった。途中人影が見えた気がしたがそれでも彼女は一生懸命逃げていた。
暗転の中、誰なのか分からない声が聞こえてくる。
《なぜここに来たの?》
「それはあたしが聞きたいわよ。」
声の主はメイコを無視してこう言った。
《まぁ、いいや。キミは“レンカ”を探しているみたいだし。》
メイコはハッとする。そもそもレンカはメイコが預かっていた子供の一人だ。けれどもここ数年前に精神が不安定になり病院に搬送されたばかりだ。
「どうしてそれを知っているの?!」
メイコが答えを聞く前に別の所からも男とも女ともとれる中性的な声がした。
『その声聞いちゃ駄目!!』
「ねぇ、誰なの?」
『とにかく、そこから離れて!』
声は急いでいた。だがすぐに近くで何かを投げたような音がして聞こえてこなくなった。
「離れるってどういう事よ、ねぇ!」
《これで邪魔者はいなくなった。一緒に“レンカ”を探そう?》
声の主は囁くように言う。反対にメイコは混乱していた。
離れた方が良い?それともあの声の言うとおり“レンカ”を探すべき?そもそもあたしは何をしにここへ来たの?
しばらく黙り込んだ後、メイコは
「……。わかったわ。一緒に探しましょう。」
近くで笑い声が聞こえたような気がした。
どこから歌声が聞こえてくる。
一番目アリスは勇ましく、剣を片手に不思議の国
いろんなモノを切り捨てて真っ赤な道を敷いていった
そんなアリスは森の奥、罪人のように閉じ込められて
森に出来た道以外に彼女の生を知る術はなし
テレビからワイドショーのニュースが報道されている。
『今日未明、またもや***連続殺人事件が発生しました。実行犯と思われるメイコ氏は未だに捕まっていません。犯行を見た目撃者はこう供述しています。』
テレビの画面が変わる。家々が見える。多分どこかの道路辺りにでも取材したのだろう。ぼぅと見ている内に話は進んでいく。
『…“レンカ”という子を探しているように見えるんです。』
「物騒な世の中。」
病院の控え室でニュースを見ていたネルが文句を言うように呟く。そこへ、扉の音が聞こえる。ハクだ。
「またこの事件起きたの?」
「みたいよ。」
ハクの持っている絵本に気付くネル。
「それにしてもあんたさぁ、よく“あいつ”の部屋に行く勇気あるよね。」
彼女の言う“あいつ”とはレンカのことだ。
「“あいつ”なんて言わないでよ。あの子は『鏡音 レンカ』っていう素敵な名前があるんだから。」
呆れるような顔をしながらハクは言う。
「そういえばそんな名前だったね“あいつ”。」
しばらく黙り込んだ後、ネルはハッとする。
「ねぇハク。さっきの事件の話なんだけど……。」
声を遮るかのようにナースコールが呼び出される。番号が示すのは欲音ルコがいる番号だ。彼は先日何者かにナイフで両腕を斬りつけられたのだ。本人も『誰だったのかよく分からない』と言っているので多分そうなのだろう。軽傷で済んだのだが、少し後遺症が残ってしまったのでこうしてナースコールを使うのだ。
「ちょっと行ってくるわ。さっきの言いかけ、後で言うね。」
「うん、行ってらっしゃい。」
本棚に本をしまいながらハクは言った。
ナースコールのかけられた部屋に向かう途中、ネルは考え込んでいた。もちろんあの事件のことだ。
“殺人犯の探している子とは“あいつ”のことではないのか“と。
“でも“レンカ”といっても別のレンカのことなのかもしれない“と。
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