気がつくと布団で寝ていた。
 外から聞こえる雨音は、依然として強いままで、木の雨戸のせいで外を見ることは出来ないが、きっと変わらずに雨は降っているのだろう。
 隣には好子がいて、椅子に座っていた。
 聡美が身体を起こすと、それに気づいた好子が袖で顔を拭った。    
「好子…私……あぁ」
 頭が覚めてくるにつれ、繭が血塗れで倒れていたのを思い出した。
 気分が悪くなった。目眩が、頭痛と吐き気を伴って襲ってきて、思わず頭を抑える。
「聡美ちゃん。大丈夫?一晩寝てたんだよ。今は__朝の7時」
 好子が近寄ってきて、心配そうに聡美の肩に手を置く。その小さな手は少し震えていた。
「頭がちょっと痛いけど大丈夫。そっか……私、そんなに寝てたんだ……」
 後頭部に手を当てると、少しこぶになっていた。
 タオルで巻いた保冷剤を手渡してくれる好子を見ていると、昨日のあれは悪い夢か何かだったんじゃないかと思えてくる。いや、そうであってほしいという、私のわがままだ。
「その……繭は……?」
 そう言ってから、どれだけ酷な事を訪ねたか気づいた。
 誰かが否定してくれるのを期待していた。それがどれだけ身勝手なことだったかは理解していた。
 それでも、同じ歳の子より幼く見える目の前の彼女に、そんなことを訊く程、私は参ってしまっていたんだ。
「繭ちゃん……死んじゃったって……」
 そう言った瞬間、好子の目から再び涙が流れて頬を伝った。
 私は少し戸惑って、肩に置かれた彼女の手を握った。柔らかくて、少し湿っていて、暖かかい。とても小さなその手は震えていた。
「あれ。おかしいな……好子ちゃん……私……」
 好子のポニーテールが揺れて、必死で取り繕った笑顔を涙が伝う。私の前で気を張っていたのかもしれない。
「大丈夫だよ好子。大丈夫…」
 私はそう言って彼女を抱きしめた。
 こんなときどんな行動をとればいいのか、何をして、何と声をかければいいのか、何も分からなかった。
 自分の考えすらも整っていない私には、どうやって彼女を慰めるべきなのかさえ、分からなくなっていた。
 自分のよく知っている人が死んだとき……
 考えたことがなかった訳ではない。でもいざ、それを目の当たりにすると……
 ひょっとすると、自分自身の不安を落ち着かせようとしたのかもしれない。
 人が、友達が死んだということを。それが何を意味するか。どうしても、私にはそれを考える余裕がなかった。
 私たちは確かに彼女のことを知っている。覚えている。
 でも……


 少しすると、好子は寝てしまった。
 私は、さっきまで自分が寝ていた布団に好子を寝かせると、とりあえず頭を整理することにした。
 繭が死んだということ。
 本当に死んでいたのだろうか?
 元に、私は部屋の入口から覗き見ただけだったし、脈をとったり、口に手を当てて息をしているか確かめた訳じゃない。
 好子や他の皆が嘘をついていて、繭も死体のふりをしていただけという可能性も無きにしもあらずだが……そもそもそんなことをする理由が分からない。

 なら本当に……
 とても実感が湧かない。
 けど確かに、私の記憶の中にそれはあった。
 私は繭の背中に包丁が刺さっているのを見た。きっとあれが繭の命を奪ったに違いない。
 それじゃあ繭はなぜ死んだんだ?
 簡単だ。
 誰かに殺された__
 思い浮かんだのは、いつか好子と一緒に家で見た映画だった。
 ある家族と親戚が旅行に行き、ある山奥の貸し別荘に泊まった。その別荘に殺人鬼が忍び込んで、その家族たちを殺して行くというホラー映画だ。
 とても現実的でない。
 殺人鬼なんてもの、今のこの国に存在しているのかすら怪しい。

 こんな時、映画や小説なんかでは、探偵がアリバイとか殺人動機とかトリックとか死亡推定時刻とか、何だか小難しい単語を並べて解決に導くのだろうけど。如何せん、私は公立高校に通う、ただの学生だ。
 教科書に載っている問題を解くのさえ四苦八苦するのに、探偵役なんてとてもじゃないが私には務まらない。

 好子は心地良さそうに寝息をたてていた。その顔には涙の後が筋になってついていて、私はそっと頬に触れてみた。
 好子少しそれに反応して身を捩ったが、起きることはなかった。
 とても柔らかくて、暖かくて、そしてこんなにも幼い。
 ……とてもショックだっただろうな。
 私にそれをはかり知ることは出来ないが、繭とクラスメートでとても仲が良かった分、きっと私よりももっと辛いに違いない。

 少しして、私はとりあえず誰かと話しをしようと思い部屋を出た。みんなの意見を聞きたかったし、それに弘司くんのことが気がかりだった。

ライセンス

  • 非営利目的に限ります
  • この作品を改変しないで下さい

閲覧数:68

投稿日:2014/05/10 21:10:05

文字数:1,950文字

カテゴリ:小説

クリップボードにコピーしました