「交差点」「雨」「少女と猫」
肩までの髪を後ろの左右で結んだ少女が一人、公園のベンチに座って夕焼けの空を眺めている。
空が激しく色を変えてゆくこの時間に、こんな小さな少女が一人でいるのは珍しい。それが少し、気になった。
「お嬢ちゃん、何か考え事かい?」
少女はハッとしてキョロキョロ辺りを見回すが、私に気付かない。
まぁ、普通はそうだろう。
ヒトの言葉を話す猫など、もうこの時代には私しかいないのだから。
私はひょいとベンチにあがり、少女の手を自慢の肉球でぽふぽふ叩いて、もう一度訊いた。
「お嬢ちゃん、何か考え事かい?」
私を見ると少女は一瞬目を大きくしたあと、花のように笑った。
「猫ちゃん、しゃべれるの?」
「しゃべれるさ。私は長生きなのでな」
四才くらいだろうか。このくらいのヒトの子ならば、話しかけてもあまり危険はない。
少女は足をベンチにのせて、私と向き合う。
「こんなところで何をしているんだい? そろそろ帰らないと日が暮れてしまうよ」
「お母さんを待ってるの。雨が降ったら、迎えに来てくれる約束なの」
「雨?」
空を振り仰ぐ。
今日はとても雨が降るような陽気ではない。それどころか、明日も明後日も雨は降らないと私のヒゲが言っている。
「雨が降らないと迎えにきてくれないのかい?」
「うん」
少女の笑顔に少しだけ影が落ちた。
少女は再び足をベンチの前に戻して、うす闇の空を見上げる。地面に届かない足を、力なく揺らして。
人間の少女と猫の私では、互いの寂寥感などどうにもできないだろう。分かってはいたが、私は無言のまま少女の太ももの上に乗って丸くなった。
少女が私の背を撫でる。
時間をかけて得たヒトの言葉も、こんなときには役にたたないものだ。
しばらくして、仲間の猫が交差点を横切って公園に入ってきた。
私と少女を見たあと、暗い空の一点を見つめる。
ああ、そうか。
その仕草だけで私には十分すぎるほどに理解できた。
今夜は新月。
死者にとっては「雨」の日だったな。
星が瞬き始めた空を、少女はひたすらに見つめる。
今夜、あちらの世界から来る母に連れられて、彼女はこの世を旅立つのだ。
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