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玄関の前では、二人が話をしていた。
「やっと来たっス。あんなとこで突っ立って何してたんスか」
壁に背をつけてしゃがんでいた、青い髪の少女が少し呆れた口調で言った。
「うん、お待たせ。ちょっと」
小さく息を吐いて、肩に掛けていた鞄を下ろす。中は自分と好子の着替え、それとその他。出発するとき思っていたよりはぜんぜん重い。
肩をグルグル回すと関節が音をたてた。
「お疲れさん。鞄持つで」
そう言って、壁にもたれて話していた関西弁の大柄の男が、手を差し出した。
背の高い、がっしりとした体格の男だった。歳は二十過ぎくらいで、短いボサボサの髪をしている。アロハシャツに包まれているのは筋骨隆々たるがっしりした肉体で、二の腕も丸太のようにふとかった。ショートパンツの下に、やはり太い両腿をみせ、足元には黒いショートブーツをはいていた。
そんな、それこそ軍人のような体つきとは裏腹に、とても優しそうな笑顔を見せていた。
「ありがとうございます久下さん。さすがに、疲れました」
私はお礼を言って鞄を彼に渡した。
「ははは!そりゃそやろう。ゆっくりするとええよ」
彼は小麦色に焼けた顔を緩ませて笑う。それから久下さんは、バッグを受け取ると、家の中に入っていった。
彼の本名は久下 日向。
久下さんはこの部活の、云わば特別顧問といったところだほうか。学校の教師ではない。
部活動の活発なうちの高校では、彼のような人間は珍しくないと聞いた。今はそんなのもの、肩書きだけになってしまったが。
開けられた玄関戸の向こうに、フローリングの長い廊下が見えた。天井につけられたLEDの蛍光灯が、明るくそれらを照らしていた。 それにしても大きな建物だ。先生の知り合いが持っていた別荘だと聞いたが、その人はとても金持ちだったんだろう。
私は久下さんを見送り、一息ついて大きく伸びをした。
それにしても、長時間の徒歩は疲れた。
「先輩、お疲れ様っス!あんまり遅いんで、森の中で迷子になっちゃったのかと心配したっス」
そんなことを言いながら、蒼い綺麗な瞳が横から覗きこんできた。
彼女の名前は、下北沢 亜美。
とても人懐っこい私の一つ下の後輩だ。いつも、私のことを先輩と言って慕ってくれている。少し鬱陶しいのが玉に傷だと思うのだが、まあそれも彼女のいいところだ、多分。
亜美のその言葉とは裏腹に、その表情は心配している風はなく、からかうような笑みを湛えていた。
一瞬びっくりしてのけぞったが。私は上に伸ばしていた腕を曲げて、肘を青い髪を横で結んだ頭にそれを落とした。
ゴツンという音と共に、サイドテールが揺れて、彼女は頭を押さえてうずくまった。
痛そう。
「いったいっスよぉ~」
涙目で見上げてくるが、私はそんなのには構わない。
「元はと言えば、亜美がバス出てないって言ってくれなかったのが悪い」
そのせいで森の中を延々と歩き続けることになった。
「いやいや、そうは言いますけどね、先輩にちゃんと言いましたっスよ!」
彼女は立ち上がって言うが、それを聞いていればそうしている。
「私は聞いてないわよ!」
「昨日電話したとき、言ったっスよね?車か単車ないならケッタでって」
昨日電話なんてあったっけ?
「いやいや……」
あったな。夜遅くに。
「夜中かけたじゃないっスか!」
「………眠かったから覚えてないよ」
「そんなぁ!」
そんなぁとか言われても。どうも悪いのは私のようだ。
「そもそもあんな時間に電話してくるからでしょうが!だいたいケッタって何よ!!」
「自転車の事っスよ!!」
何それどこ語?
「どのみち分からないわよ!!」
「何でっスか!!」
二人とも負けじと吠える中、見かねた好子が、まあまあと仲介にはいってきた。
「もう、いい加減にしなよ。たまのハイキングも悪くなかったからいいじゃない」
「ん、まぁそれもそうね」
亜美は私にとって気兼ねしないで話せる、大切な人の一人だ。こうやって、彼女と馬鹿みたいに騒ぐのは好きだった。
「おお、賑やかだと思ったら。聡美たち着いてるじゃないか」
そこに、誰か玄関から出てきた。
「あ、翔。もう来てたんだ」
若槻 翔。私のクラスメートで同い年、容姿端麗で女子からの人気が高いらしい。
悲しいかな。私にとって数少ない仲の良い異性の一人だった。
「大丈夫大丈夫。好子ちゃんも、無事に来れて良かった。二人とも昼頃につくって言ってたから。迷ってるんじゃないかと思ってたんだ。いや本気で」
「聡美ちゃん一人なら迷ってたかも」
「あぁ、分かるっス」
亜美がそう言って笑う。分かるってなによ。
「なんで私よ」
「この道がどこに通じていても、そこが私の目的地よ」
好子が何かの台詞を言った。
「いやいや……」
私は別に方向音痴ではない。
翔が相変わらずだねと笑った。
しばらく話しこんでいると、久下さんが中の廊下から私たちを呼んだ。ご飯が出来たらしい。
「入るか?」
「入る、お腹すいたし」
好子がそう言って早々と入っていくのを、私もそれに付いて入っていった。亜美と翔もそれに続いた。
空はすっかり暗くなり、闇に溶けて見えなくなった森を、風が揺らした。木の枝が揺れて、木の葉が舞い落ちる。燃え尽きた焚き火からは、少し煙が立ち上っていた。
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