鈴蘭の花言葉を知っていますか。


鈴蘭の花言葉は─










あるところに一人の女の子がいました。


看護学校に通う、19歳の女の子。

女の子は、学校の近くにあるカフェでアルバイトをしていました。

最初はお小遣い稼ぎのために始めたそのアルバイト。

でも今は、もう一つ続けている理由がありました。





通りを挟んだお向かいのお花屋さん。

こじんまりとしたお店にいつもぎっしりのお花。

話したことはないけれど、優しそうな美人の店長さん。



そして、男の子。

女の子と歳が同じくらいのその男の子も

そのお花屋さんでアルバイトしています。


いつもその男の子は、休憩になると

女の子の働いているお向かいさんのカフェへ

コーヒーを買いに来ます。

最初は何とも想っていなかった女の子。

でもある時、いつものようにお店にやってきた男の子は

女の子がコーヒーを手渡すと、ふいにこう呟きました。





"あなたは鈴蘭みたいな人ですね"





そう一言、女の子に伝えると

男の子はお花屋さんに戻っていってしまいました。



その時、なぜそう言われたのか分からなかった女の子。

でも、そう呟いた男の子の笑顔はまっすぐで

女の子はその表情に惹かれていました。



それから女の子は、男の子がお店に来るたび

他愛のない話をするようになって

あのまっすぐな笑顔を見ているうちに

名前も知らない、その男の子の事が好きになっていました。



いつか鈴蘭と言ってくれた理由を聞くのも忘れて。










でも、ある時男の子はその女の子のいるカフェに

来てくれなくなりました。

それどころかお花屋さんにも来ていないようです。



"辞めちゃったのかな"



女の子は、片想いの男の子が突然いなくなって

少し悲しそうでした。















それからどれくらいの月日が経ったでしょう。

女の子は学校を卒業。

その街にある病院で、看護士さんとして働いていました。



研修期間が丁度終わった頃でしょうか。

女の子は、ある一人の患者さんの担当になりました。


その患者さんは何年か前に事故で入院。

ずっと寝たきりだったそうですが

最近意識が戻ったそうです。

周りに絡みついていた医療器具もなくなり

今はその患者さんと、ベッドの二人きり。


看護士さんになって初めて任された患者さん。



"しっかりしなきゃ"



と、意気込んで病室に向かおうとした時

先輩の看護士さんに女の子は呼び止められました。



"これを病室に飾ってあげて"



そう言って手渡されたのは

小さな花瓶に活けられた、きれいなお花。

その花瓶を大事に抱えて

女の子は病室へと急ぎます。



上がった息を整えて入ったその病室。










そこにはあの、片想いの男の子がいました。





男の子が、女の子の前から突然いなくなってしまう少し前。


男の子は交通事故に遭ったそうです。

かなりの大事故で、男の子はそれからずっと眠り続けていました。

一命をとりとめ、やっと起きた男の子。





でも男の子の目は、光を失っていました。



片想いの男の子にまた巡り会えた喜びと

こんな形で再会してしまったという悲しみで

女の子の心は揺れていました。



でも、女の子はそんな揺れる気持ちを

心の奥に押し込んで

看護士として一生懸命、男の子の世話をしました。



お花の水を毎日替えて

食事を食べさせてあげて

男の子の話し相手になってあげて



そんな毎日が続いたとき、女の子は思いました。



"どうして、この男の子は毎日幸せそうなんだろう"



目が見えなくて、ものすごく心細いはずなのに

どうしてこんなにいつも笑っていられるんだろう。

男の子の笑顔は昔と少しも変わらない。

女の子の素朴な疑問はどんどん膨らんでいきます。


ついに女の子は男の子に聞いてしまいました。



"どうしていつも笑っていられるの?"

"目が見えなくて、君は怖くないの?"



すると、男の子は答えます。





"花は匂いも美しいから"

"看護士さんが毎日世話してくれる花の匂いがきれいだから"

"僕は目が見えなくても、色んなものを見ていられるんだ"





でも残念なこともある、と男の子は続けます。

それは、大好きなお花に囲まれたあのお花屋さんで

もう働けなくなってしまったこと。


そして




"お向かいさんのカフェで働いていた片想いの子に逢えなくなってしまったこと"





"鈴蘭のような、その女の子に"





最後にそう呟いた男の子の目は

女の子の瞳を、まっすぐ見ていました。

見えているはずがないのに、それでも男の子の目は

まっすぐ、女の子を見ていました。



男の子は気付いていたのです。

いつも自分とお花の世話をしてくれる看護士さんが

あの女の子だと。









鈴蘭の花言葉を知っていますか。


鈴蘭の花言葉は─「純粋」そして「再び訪れる幸福」

ライセンス

  • 非営利目的に限ります
  • この作品を改変しないで下さい
  • 作者の氏名を表示して下さい

読み切り短編「君影想」

ちょっとしたお話を書いてみました。

鈴蘭の花言葉に沿って書きましたこのお話。
タイトルの「君影想」は鈴蘭の別名「君影草」をもじって付けました。

閲覧数:156

投稿日:2010/10/16 04:31:49

文字数:2,157文字

カテゴリ:小説

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  • 蝶子

    蝶子

    ご意見・ご感想

    いい…良い話ですねえええうおおお泣ける!
    切ないけれど暖かくなる、そんな素敵な小説をありがとうございました!!

    2010/10/28 01:49:01

    • うき

      うき

      感想のメッセージありがとうございます。
      何の経験もない自分の拙い文章で恐縮ですが、
      何かを感じ取っていただけたら幸いです。

      2010/11/02 16:05:07

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