三題噺 「雪」「純白」「電話」
めでたく社会人一年生として出発したのが今年の四月。
それからは、初夏のまばゆい緑も見ず、風鈴の音も聞かず、突き抜ける青い空やいわし雲も見ることなく、ひたすら季節も色気もないオフィスという箱の中で、俺は時間に追われ続けた。
いつの間にか、「俺」は「俺」ではなくなっていた。
そんなある日、夜中に電話が鳴ったのだ。かかってきたその電話は、まるで異世界からの電話のように感じられた。
「おーぅい、修二! ひっさしぶりぃ。どうよぉ? 調子はぁ」
やたらと雑音の多い中から聞こえる懐かしいダミ声を聴いて、思考が止まる。そのまま何も言えずにいると、
「はぁれぇー? もしもーし、どちたのー? しゅっうぅじくーん!」
地元の酔っ払いどもが居酒屋でバカ騒ぎをしている。ただそれだけの電話に、俺はどう対処していいのか分からなかった。
「あぁ・・・・ワリぃ・・・・・・」
そういえば、最近ずっとタメぐちなんて使っていなかった。意識しないと、誰に対しても敬語が出てきてしまいそうになる。
気付き、独りで苦笑し、暗い部屋で額に手を当てた。
大した内容もない会話。田舎を思い出して、仲間を思い出して、酔っ払い相手にバカ話をする。こんなたわいもないことで、ここまで救われるとは。
「正月には帰るよ、うん。そっちにいたときは雪なんて見たくもなかったけどな。今はなんか、それも・・・・」
「がっはは! 雪が見たいだなんておセンチねっ! 俺はチエちゃんのパンツのほうが・・・・おほっ! 純白っ!」
受話器の向こうで悲鳴と歓声が上がる。
まったく、バカ野郎。笑っちまったじゃねぇか。
正月に帰ったら、ああ、また、こんなバカ話をしようか。
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