スマートフォンの無機質なアラームを聞いて、私は目を覚ました。
 起き上がり、私はカーテンの隙間から差す日を見て、俯く。
 ああ、今日も一日が始まってしまったんだと。
 思い出したくもない、三日前の光景が今も脳裏に焼き付いている。

「……私は、」

 私は悪くない。悪いのは彼。私は悪くない。絶対に。必然に。前提的に。確定的に。
 病院にも行った。休むがいいでしょう、と言われた。それで治るのか解らなかった。序でに錠剤も手渡された。一種類だけじゃない、何種類かの錠剤を食後に飲んでゆっくりと休養を取るといいでしょう、と。それで私は元の生活に戻るのだろうか。
 もう私に構ってほしくない。構われたくなかった。
 くしゃくしゃになった診察券を握りしめて、ただ私は何もしない時間を過ごすばかりだった。
 ベッドから降りたのはそれから三十分後のことだった。朝の時間を無駄に過ごしてしまった。無駄に過ごしたことは悪いことではない。仕事も暫く休みを頂いている。だから私にとって、この時間は私だけのもの。簡単に崩されないものだし、崩してほしくないもの。
 どこかに出かけよう。
 私はそう思った。ずっとこの一日を家で過ごすのも悪い話ではないと思うけれど、外の空気を吸ったほうがいい。そう言ったのは医者だった。医者の言葉には従っておこう。それがいい。そう思って私はぶかぶかのパーカーを身に纏った。


 ◇◇◇


 市街地から少し離れた外れにある寂れた映画館。
 ほんとうならこんな場所にはいきたくなかった。
 けれど、私はなぜかここに足を運んでいた。
 映画館のラインナップは殆ど変わっていなかったけれど、あの映画は無かった。
 彼と見た、思い出の映画だった。未だ上映終了は早いと思っていたから、考えられなかった。私たちにとって映画館はここだけのもので、隠れ家的要素もあるけれど最新の映画もやってくれる、とても有難い映画館だった。人混みが二人揃って苦手だったから、このような閑散とした雰囲気に恋い焦がれるものがあるのだった。
 でも、その映画は終わっていた。映画館のポスターを見ると、三日前に終了したらしい。
 三日前。
 私が彼との関係を終わらせてしまった、あの日。
 正確に言えば、私と彼の関係が音もなく崩れ去ったあの日。
 その日に、思い出の映画が終わってしまったということ。それは私の思い出をも奪い去る出来事に等しかった。私から思い出すらも奪い去っていく。
 胸が締め付けられる。錠剤の副作用だろうか。いや、違う。これは私の記憶が思い出されているだけのことだ。三日前の、あの出来事。未だ忘れるには早いあの出来事。それは彼と見に行った映画の思い出よりも重く私にのしかかった。
 私は踵を返して映画館を後にした。この映画館に訪れる予定なんて無かった。考えてもいなかった。けれど私の足がここに運んだということは、無意識のうちに私がここに行きたかったということ。それを示していたのだろう。
 でもまだ早い。まだ早かった。別の日にしたい。出来れば――この心が痛むうちは行きたくない。
 そう思って私は映画館を横目に、帰路についた。


 ◇◇◇


 車掌さんに声をかけられて、私は終点についたことを理解した。私が乗っていた電車は最寄り駅まで行く電車だったから別に問題なかった。
 けれどもう少しだけ乗っておきたかった。
 出来れば家には――帰りたくなかった。
 けれどそうはいかない。それは我儘だ。それを車掌さんに言ったところで叶うはずもない。途轍もない、見当もつかない、ことだった。
 だから私は車掌さんに一礼して電車から降りて家へと向かった。
 その足取りは心なしか、重たかった。


つづく。

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【二次創作】フラジール 1

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投稿日:2016/11/13 16:25:44

文字数:1,546文字

カテゴリ:小説

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