夏祭りということで、駅前はすごい数の人混みだった。
普段は駅前でさえ人通りも少ない、田舎なのに。
「あ、こんなとこにじゃがバターのお店が!買っちゃお。グミもどう?俺好きなんだ、これ」
ニカっと、彼は笑った。私はとりあえず、うんとうなずく。別に嫌いな食べ物ではなかったし、軽く小腹も減っていたから、何か食べたいと思っていたところだ。
「おじさーん、じゃがバタ二つお願いしまーす」
「あいよー」
軽快な口調で頼み込む彼は、まるで小学生そのものだった。童心に戻って、心から祭りを楽しんでるように見えた。
「買ってきたよ。とりあえず、花火見ながら食うか」
「うん」
「じゃ、いくよ。ついてきて」
手を握りながら、彼についていく。そのまま少し歩いていると、ふと、空中にドーンという音が鳴り響いた。
思わず空を見上げる。綺麗な花が、空に咲いていた。
彼もまた、空を見上げる。
「おー、もう上がってるのか、花火。こりゃ早くいかないとな。歩調早めるよ」
私と彼は、早歩きでその場所へと向かったのだった。
……。
「ふー、やっと着いた」
半ば駆け足で、なんとか花火を観る広場へとたどり着いた。
本来なら5分くらいでたどり着けるところに、10分くらいかかってしまった。それだけ人ごみの数はすごかった。
けれど案の定、たどり着いてもそこもかしこも人だらけ。見物客のほとんどは立ち見だ。
だから私たちも、立って観るしかなかった。
「ごめんな。もうちょっと早く来てりゃよかったかな」
「いいよ、別に。私はこれでも平気だから」
別に嫌味ではなかった。本当に、それでも大丈夫だったから。
また、何発目かの花火が上がった。
ピンクと、青の花火が同時に二発。見事な色だった。
世界には、こんなに美しくてきれいで、人の心を魅了するものがあるのか。
私は今までこんなものを観たことがなかったから、知らなかった。
観る機会もなかったし、与えられなかった。
だから、周りの人より、私は花火に夢中で見入っていたと思う。まるで初めて雪を見た子供みたいに。
夢中すぎて気づかなかったのは不覚だったが、海人はそんな私を見て、静かに微笑んでいた。
「なぁ」
「なに?」
彼のその言葉で、現実へと引き戻される。けれど私はそれでも、花火から目を離せない。
彼も、きっと花火を見ていた。
「綺麗だな」
「そうだね」
ほんの些細な短い言葉だったが、それでも目の前の光景を伝えるのには十分だった。
ドーン……ぱらぱらぱら、ドーン、ぱらぱらぱらと、花火が打ちあがっては消え、打ちあがっては消えの繰り返し。
ただ同じことを繰り返しているだけなのに、どうして花火はこんなにも、人の目をくぎ付けにするのだろう。
花火の配色も、赤、黄色、青、緑、ピンクとレパートリーが多い。中には、ハート形や、星形などの形のものもあった。なかなか工夫がなされていて面白く、見ている者を飽きさせない。
「な、グミちゃん」
「なに?」
「これが、夏の風情ってやつだよな」
「夏の、風情……」
みんな、この風景を見るたびに夏というものを噛みしめるのだろうか。
あぁ、夏だなぁって思うのだろうか。
そうだとするならば。
「夏って……こんなに綺麗で、鮮やかで、美しかったんだ」
蝉の声がうるさくても、太陽の光が暑くても、夏というのはこんなに素晴らしい世界だったんだ。知らなかった……。
あの煌びやかな空の向こうに、私は手を伸ばす。当然ながらその手は空に届かないけれど、それでもその光を、私は掴んでみたかった。
「グミちゃん、なにしてんの?」
「…え?」
海人の声で、ふっと我に返る。
私は慌ててその手をひっこめた。我ながら変な行動をしていたことに、少し恥ずかしくなる。
「いや、なんでも」
「気になるな。教えてよ」
「なんでもないから!」
多分私の顔は赤くなっている。ホントに恥ずかしい。
だから私はそれ以上何も言わなかった。海人も、これ以上は聞き出せないと悟ったのか、話題を変えてこんなことを聞いてきた。
「な、一緒に願い事しないか」
「願い事?」
「そ。ここの夏祭りはね、毎年虹色の花火を打ち上げててさ、それに願い事をすると願いがかなうっていう言い伝えがあるんだ」
「気休めみたいなもの?」
「まぁ、そう言ってしまえばそれまでだけど。でも、俺は気休めでも信じてもいいと思うよ。結構きれいな花火だしね」
「ふぅん、それっていつあがるの?」
「ふふふ、それは全くの未定なのだよワトソン君。花火のあがる45分間の中で、どこか1発だけ、虹色の花火が上がるんだ。それを見つけられただけでも、ラッキーってとこかな」
彼は朗らかに笑う。会話しながらも次々と上がる花火に照らされて、少し輝いているように見える。
「もしかしたら最初のほうでもう上がっちゃったかもしれないなー。ま、ぼちぼち探してこーぜ。で、もし虹色の花火を見っけたら、願い事をするんだ」
「願い事……ね」
「そう、願い事。お互いにそれは秘密な?」
へへ、と少し照れくさそうにする彼は、やっぱり無邪気だった。
願い事……か。私だったら、「もっと普通の人らしく生きられますように」かな。
その考えがもはや普通じゃないけど。
それからしばらくは、私も彼も空に見入って虹色の花火を探す。
周りの観客もその花火を探している様子だ。どうやらまだ花火は上がっていないらしい。
となれば、ひたすら探し続けるのみだ。よく目を凝らして、注意深く空を観察する。
どうしてこんなに熱心なのかは、自分でもわからなかった。
たとえ気休めだとしても、その気休めにすがっていたかったから?あるいは、彼とこの時間を、ただ共有したかったのかもしれない。
「お、あれじゃないか?」
10分くらいして彼が空を指さす。私がちょうど、空を見上げるのに少し疲れて、首を休めようと思った矢先だった。
私はハッとして彼の指が差すそれを見つめる。
確かに、一目でそれだとわかった。七色で配色された大きな花火、確かに、虹色だった。
「綺麗……」
「グミちゃん、願い事願い事!」
「はっ」
いけない、見とれるばかりで願い事を忘れてしまっていた。
もっと、普通の人らしく生きられますように。
もっと、普通の人らしく生きられますように。
もっと、普通の人らしく生きられますように。
私はその花火を見ながら何度も願い事を祈り続ける。
まるで流れ星に祈る子供のように、馬鹿正直に三回、その願いを祈り続けていた。
これが気休めでも、それでもいい。少しでもその願いが届くのなら、私は構わない。
ぱらぱらぱら……と儚い音がして、虹色の花火は空の闇に消えていく。
それがなんだかとても切なかったが、その花火が消えると、また次の花火が打ちあがる。
虹の花火と比べたら劣るけれど、それでもやっぱり綺麗だ。
花火に願い事をしてからは、私も彼も、言葉は交わさなかった。ひたすら花火に見入っていた。
花火を見ている時だけ、私は思わず今日の目的を忘れてしまっていた。
それほど私は、空を彩る光に魅せられていたに違いない。
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