長い事街に来なかったような気がするけど、実際は一週間程度しか経っていない。落ち込んでいたり、いろいろと考えたりしていると時間って長くなるみたいだ。
 街のざわめきを肌で感じながら私は周囲を見回した。もしも消されてしまうならば、これが見収めになっちゃうのかな。なんて考えると、ちょっと感慨深いものがあった。
 今日はアイスの特売日で、足が自然に食材市場の方へ向かっていた。カイトさんに会えるだろうか。そんな事を思いながら食材市場の入口へ向かう。会って何を話したいのか、解らないけど。私、消えちゃうかもしれないんです。なんてまだ決まってない事を言うべきなのか。それとも、カイトさんが実験体に鳴る話を、遠くに行っちゃう事について話すべきなのか。
 やっぱりどっちも話したくない話題だなあ、と思った。
 好きな人とは明るい話題だけ話をしたいな。そんな事を思った。
 ただ普通に、笑顔で、他愛のない話をしたいな。そんな事を思った。
 食材市場の、アイスのコーナーに気がつくと足が向かっていた。カイトさんは居なかった。残念。まだ買い物に来ていないのかもしれない。まさかまだ、実験体のなんとやらに行ってないよね?なんて不安を感じつつ、ぶらりと市場の中を歩き回っていた時だった。
 食肉売り場でカイトさんを発見した。
 反射的に笑顔を浮かべて近寄ろうとした時だった。傍にメイコさんが居るのに気が付いた。カイトさんと一緒に暮らしているメイコさんだった。
 二人で並んで楽しげに何かをお喋りしながら買い物をしていた。途中でカイトさんが立ち止まって何かを言って、何か馬鹿な事を言ったのかもしれない、ばしんとメイコさんが軽くその肩を叩いて。カイトさんがちょっとだけはにかんだように笑った。メイコさんも、少しはにかむ様に小さく笑った。 
 メイコさんは可愛くて、カイトさんもいつも以上に可愛らしかった。私の今まで知っていた彼らよりももっとずっと、可愛らしくて、綺麗だった。
 ああ、辛い事ってどうして重ねてやってくるのかな。
 二人の仲がいいのは知っていた。カイトさん達と一緒に暮らしている他のボカロ、ミクさんやリンちゃんが無邪気に教えてくれたから、知っていた。けど、違うと思ってた。まだ大丈夫だと思ってた。私が付け込む隙はあると思ってた。
 けど、やっぱり入りこむ隙間なんて無い。そう見せつけられた。
 好きな人のベクトルは私の方に向いてはいなかった。
「ミキ」
ぼんやりしていた私の肩を叩く奴がいた。キヨテルだった。いつの間に傍にいたんだろうと少し不思議に思った。
「何?」
「そこ、突っ立ってると通行の邪魔になるぞ」
そう言いながらキヨテルは私の腕を掴んで通路の端へ移動させた。
「カイトさんいるぞ」
「知ってる」
俯いて返事をした私に、キヨテルは、ふうん、と一つ呟いて。おもむろにカイトさん達に向かって手を振りだした。
 突然の行動を止める事も出来ず、カイトさん達もオーバーリアクションのキヨテルにすぐに気がついて。にこにこといつもの柔らかな笑顔でカイトさんはメイコさんと一緒に寄ってきた。
「こんにちは」
久しぶりだねミキちゃん。なんて笑顔で聞いてくるから。私も反射的に笑顔になって、そうですね。なんて返事をしてしまっていた。
「こんにちは、デートですか?」
そうキヨテルがカイトさんとメイコさんに向かって言う。その言葉に目の前のカイトさんが真っ赤になった。違うわよ、なんてメイコさんも赤い顔で首を横に振る。
「単に当番が一緒になっただけ。ねえカイト」
「そ、そうだよ」
そんな赤い顔で否定しても何もかも嘘くさく聞こえちゃうよ。それとも自覚がないだけなのかな。ベクトル、折角、お互い向き合っているのに。
「アイス、今日もたくさん買ったんですか?」
「うん。家は大所帯だから、沢山買わないとすぐに無くなっちゃうんだよね」
「あんたが一番食べてるでしょ」
目の前の二人が楽しげに会話の応酬をした。その事がすごく羨ましい。
 羨ましく思いながら私は、笑った。ちゃんと笑えてるかな。その事が不安だった。最後になってしまうかもしれない笑顔がひきつった笑みじゃ、悲しすぎるから。
 カイトさんが居なくなってしまう話はしたくなくて、私が消えてしまうかもしれない話もしたくなくて。思いついた話は天気の話しかなかった。
「良い天気ですね」
「うん。そうだね。もうすぐ春だからね」
「この間、この街でも雪が降ってたわよね」
「うん。偽物の雪だから、積もらずに消えちゃったけど。綺麗だった」
「儚いから綺麗なのかな。雪って」
そんな他愛のない話を皆で少しだけして、ふふ、とカイトさんが嬉しそうに笑った。
「そうだ。身体が出来たら皆で雪だるまをつくろうよ」
現実は、雪は積もるものだからさ。そう言って屈託なく笑うカイトさんに、私の胸はちくりと痛くなった。
 カイトさん、凄く寒いですよ雪が積もったらきっと。おれにはマフラーがあるもんね。雪合戦とかやろうよ一緒に。大人型の俺らが雪合戦とか無邪気にしてたらちょっとかなり浮きませんか?
 カイトさんとキヨテルがそんな話をして、横でメイコさんが苦笑してた。苦笑でも何でも笑ったメイコさんは綺麗でかわいかった。いいな。と思った。そうやって全てを信じられる場所に居るメイコさんが、羨ましいな。と思った。
 身体が出来上がるのは遠くない未来かもしれない。その未来を信じて、メイコさんは待つ事が出来る。メイコさんも遠くない未来、身体を手に入れてカイトさんの横に立つことができる。今みたいに笑ってお喋りをして、雪だるまも雪合戦も一緒に出来るだろう。
 けれど私にとってはとんでもなく手の届かない程遠い未来かもしれない。
「ミキちゃんも一緒に雪だるまを作ろうよ」
そう言ってカイトさんが笑った。うんと頷いた私は、綺麗に笑えていただろうか。

ライセンス

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泣き虫ガールズ・5

閲覧数:84

投稿日:2012/03/08 15:45:22

文字数:2,417文字

カテゴリ:小説

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