「ばかな人…」超短編小説 ~悲しいアンドロイドの話~

俺の名前は喜中悠太(キナカユウタ)
2030年、少子高齢化による人材不足により急速に発展したAI技術とアンドロイド産業。まだ発展途中だが、アンドロイドにも人権が認められ、助手レベルの働き手として社会で活動している時代。
人材派遣会社ならぬロボット派遣会社「栗布団派遣会社」。社員100名ほどのこの会社は、職員の半数がロボットでした。
主な業種は、会社やイベントなどの受付や、単純な事務作業などの人材を人型ロボットを派遣員として、レンタルしているものでした。
当初、たった1体のロボットから始まったこの会社もわずか5年でずいぶん大きくなったものだ。
おれは現在35歳、職業は精密機械整備士だった。現在倉庫の清掃アルバイトとして働いている。
この会社の派遣ロボット第1号が一番最初に派遣された病院でのがん検診キャンペーンで最初の客だったことで、個人的な思い入れがすごく強い会社だが、まあ真意は別のところにある。
35歳にもなって独身なのは、別にメカノフィリアだからというわけではなく、機械いじりが好きすぎて、異性に興味を示さなかったのもあるが、5年前のがん検診で脳に悪性の腫瘍が見つかり、余命宣告がされていたせいもある。
いろいろ試した結果、あとは死ぬのを待つだけなのだが、心残りがあるとすれば、自分が生きた痕跡を残せないことくらいか。
まあ、大した人生でもないし、なんとなく生活していたところ、アルバイト募集の通知が来たので、暇つぶしに来ただけだった。
しかし、ここには、一時期だけど自分の人生の転機になったような存在がある。そう、例の初の派遣ロボット一号機である。
おれはこの芸術品に心底惚れていたようだ。
最初のカルチャーショックは人間と遜色ない思考回路、外見、まさに理想の女性だったのに、「私、ロボットなんです」といわれた時のショック。
そしてその後の癌発覚のショック、治療不可というショック。それを好みの顔で笑顔で伝えられるというショック。
今となってはいい思い出だ。ははは。
その彼女が倉庫に運ばれてきた。かなり放置されていたのか、汚れとカビ臭さがひどい!だれだ!こんなひどいことしやがるのは!
やさしく拭いて、髪もとかして、服も洗濯して、代わりの服を着せて…おかしい、ロボットだぞ、おい。どうした俺!
女性と話した経験など…覚えてはいないが、彼女が部屋の片隅にいるというだけで、職場に行くのが楽しいのだ。でも仕事という大義名分で堂々と彼女の手入れができるのは毎回心臓が止まりそうなほど緊張する。というか、毎日、彼女しか手入れしていないので、主任に怒られた。ハゲロボットめ…まあ俺が悪いんだが。
そんなある日、電源を入れてみたくなった。
手入れすればまだまだ十分美しいのに、なんで廃棄処分なんだ?
メモリ異常?代変え効かないのか?
彼女を修理した。ハゲに怒られた。メモリチップはすでに流通していない型だ。残念。まるで俺のようだ。
会社に内緒で電源を入れてみた。驚いたことに、彼女は普通に起動した。
使えるじゃん!…しかし、彼女いわく、俺のことは覚えていないらしい。
次の日も、次の日も、彼女の記憶は電源を切ると消えてしまう。おかしい、内臓電池は交換したはずなんだが。
ある日、ハゲに修理したことがばれて怒られた。そして呼び出されて次のデータを見せられる。
俺と彼女の会話ログだ。それを見せられて俺は歓喜した。彼女はすべての会話内容や、俺のことも覚えていたのだ!…当然主任にはおこられた。
バイトは今週で打ちきりだ。しょうがない。あと3日か。
彼女は次の日も昨日の会話は忘れたという。会話ログはクラウドに保存されているので、そんなはずはない。何か理由があるのかわからないが、話を合わせてみよう。
ただの会話…世間話、天気の事、人類の未来の想像、ロボットの将来の話…そんな話。
彼女が俺に聞いてきた。「好きな人とかいないのですか」
答えに困って「なにそれ、おいしいの?」と言ってしまった。
彼女は困ったように(この時の顔めっちゃ可愛い)「女性に興味持ったことってあります?」と聞いてきた。
「モテ期キター」とおもってしまった俺は、つい、こういってしまった。「君以外に興味はないよ」
漫画とかだと、相思相愛になるパターンじゃないかと思っていた俺の期待とは裏腹に、彼女は「ソレハイケマセン、ワタシノオンナトモダチヲショウカイシテアゲマショウ(棒読み)」と答えて、しばらく黙っていた。
内心焦りまくりな俺…やばい、タイミング外したのか?
考えてみれば俺、こういうの初めてだったんだっけ!!
どのくらいの時が流れただろう。時計に目をやるととっくに就業時間だ。やばい、明後日提出する備品台帳と報告書書かなくては。
今日は残業することに。
意識しないようにしても、こちらを見ていないと解っていても、彼女の視線が背中に痛い。ああ、あとどのくらいこの幸せな時間が続くのだろう。ふと余命日数が気になった。93日か…クビになったら、廃棄業者に転向して、彼女を回収に来よう…。
…翌日、報告書作成途中で寝落ちしたらしく、倉庫で目が覚めた。
彼女は電源が切れたまま…?あれ、この毛布は誰が?
首をかしげながら俺は朝食のトーストを食べ、報告書を提出に行く。
「後は、あした、君を迎えに来るから、待っていてね。」
退社手続きを済ませた俺は、上機嫌だった。信じられないことに、ハゲロボ主任が社長に報告して、彼女を引きとってもいいと許可を取ってくれていたのだ!社長室から倉庫の入り口までスキップできた俺は、ふと我に返り自分の浅はかさにショックを受ける。
「俺は余命あと90日前後…」彼女との甘い生活(想像)は90日しか…それより、そのあと彼女はどうなる…逆の立場なら、俺は、俺だったら耐えられない…
彼女を修理しようと考えていた。しかし、俺の死後、誰が面倒をみる?パーツを完全に修理して、メモリが使えるようにして、…メモリを初期化して、再度この会社で使ってもらうか?しかし、それではいずれ同じ運命に…彼女のほうがつらいかも…
重い足取りで、倉庫の中に行くと、彼女が起動している?あれ?なんで?困惑して問題を見失った俺に彼女がペーパーナイフを突き立てる。「何が起こった?」
悲しいそうな目で彼女は言う「あなたの限りある命、私のために使うのはやめてください。この通り、私は危険なロボットです、欠陥品です。明日にでも廃棄される身です。だから、お願いですから、どうか私の事、嫌いになってください」
彼女が言わんとしていることは理解できたが、このナイフ攻撃に驚いて死んだら元も子もないだろ、いや、このままでは、監視カメラに映ったこの画像、彼女が殺人機に…
俺の頭は、瞬時に次の朝刊が気になった。「そうだ、俺が自殺すれば彼女に容疑は向かない」と、血の付いたナイフを彼女から取り上げ、彼女が俺のことを引きずらないように、「あんなに大事にしてやったのに…この恩知らずめ!」と怒鳴りつけ、急いで上司宛の遺言を「もう管理につかれました、ありがとうございました」と書きなぐり、窓からダイブした。
これで死期が近くて自暴自棄になったと思ってくれるだろう。
背中を強打し、呼吸困難で意識が薄れゆく中で、彼女の声がかすかに聞こえた…「ごめんなさい…」
俺のほうこそ、君を幸せにしてやれなくてごめん…
病院のベッドで目を覚ました俺、どうやらまだ死んでいないらしい。
…ということは、やばい、彼女はどうなった!!
俺はわき目もふらず、裸足のまま病院を抜け出し、倉庫に行ってみたが、そこにはもう彼女の姿はなかった。
心当たりのありそうな場所はすべて探した。
当方に暮れていると、技術開発部の友人が声をかけてくれた。
病院から抜け出した俺を探していたらしい。
彼女の事を聞くと、「ああ、1号機か、どこいったかって?うん、知ってるよ」
「どこだ?彼女はどこに!?頼む、おしえろ!!」俺はつい、彼にとびかかってしまった。相当取り乱している。
「今お昼休みだから、連れてってやるよ」と。友人は案内してくれた。事務所と倉庫しか知らなかったからほかにどんな部署があるかわからなかった。嫌な予感がする。
「ここだが、なんだ?お気に入りだったのか?見ないほうがいいかな?」もったいぶる友人を後に、おれは資料室に突入。奥に置かれている彼女の頭部カットモデルを見て絶望…。覚えているのは、友人が警備ロボをなだめていて、俺は彼女の頭部を抱きしめてあたりを破壊しつくしたこと。
器物損害賠償で破産した俺は、友人に連れられて、デジタルラボに行った。
友人は、俺の為に彼女のメモリを回収してあったのだ。
なんと感謝したことか。
彼女が廃棄処理されたのはやはり、監視カメラの映像が決め手だったらしい。今後の事を考えて、社内会議で正式に決まったようだ。
そして彼女自身が、あの後、すぐに廃棄処分を申し出たそうだ。なんともやるせない。
ラボのスクリーンに映し出されるAIのモデルは彼女とうり二つだったが、彼女ではない。俺はそのことを口に出してしまい、皮肉ったようにこう言われた。
「繋げようとしているシステムは破損しています。AIによって補正が行われますが、オリジナルデータとの照合率は50%です。
元と違っていても私に文句言わないでくださいね。
よろしいでしょうか?
「はい、すみません。」俺は思わず謝った。
補完された映像を見て、胸が張り裂けそうになった。
彼女は「私の事なんてほうっておけばいいのにあの人は…、
私を大事にしてくれる、何度お願いしても世話をやめない。
だから、話しかけてくるその度に忘れたふりをする。
正直、私に構ってくれるのはうれしいけど、このままではあの人がだめになってしまう。 突き放すしかない、 このペーパーナイフで刺せば、 きっと怒ってくれる…、嫌ってくれる…」
ばか…余計好きになったわ…内心おもって涙がこぼれた。
「ごめんなさい、ごめんなさい、私は廃棄されるから…貴方はその優しさでほかの誰かと幸せになって…」
他の誰かなんているわけないだろ、馬鹿だなあ…
「ああ、でも、まさか…わたしが有罪にならないために身投げをするなんて…なんて…なんて馬鹿な人。ここは一階の窓で、その胸の血はケチャップ…。」
…あ…
最後に彼女は「ありがとう、馬鹿な人、…馬鹿な私を許してください」と…。
「くう…」号泣した俺は恥ずかしくて友人の顔をまともに見れなかった。
気まずい雰囲気で苦笑いする友人…
そう、その時俺は、アンドロイドを一から作り直すことを決めた。
最新のプログラムを一から学びなおし、まずは「核」となるAIを作成、彼女のデータを学習させ、破損したデータを補完、あとは、できるだけそっくりなパーツで組み上げる。問題は、彼女の人格が復活しても、それはもう彼女ではないかもしれない。似ている別人なのだ。しかもキャラクターの版権というものがあり、あまり同じようには作れない。
どんなにそっくりに作っても、同じ命は二つといないのだ。
俺は初めて命の大切さを理解し、涙した。
沢山の命があっても、同じ命はどれ一つとない。もう、二度と彼女には会えないのか。
それは俺の「彼女」の復活計画が、かなわない願いだという事を痛感させられた。
絶望的になったおれは、その晩彼女の夢を見た。
彼女は俺に「私の事は忘れてって言ったでしょう」「私はその世界は卒業したので、もうその世界へは戻らないのよ。」といった。
目を覚ました俺は大きな希望に満ちていた。「彼女はこの世界のどこかにいるんだ」探し出せばいいんだ。
俺は友人に相談して、最後の計画を立てた。
まずは自分の記憶データをデジタル化する。
そのデジタルデータをAIに学習させ、自身のAIを作成して、自分のデジタルデータを解析し、そこに存在している、「彼女」を探し出す。その世界でなら、僕らは共に暮らせるはずだ。
俺の脳内データがデジタル化ができるのなら、俺のAIによって俺の思う世界が作成できるはずだ。
しかし、これを実行するためには、本体の俺は消える必要がある。そうか、「俺」は死ぬのだな。ふふふ、楽しみだ。しかし、この計画が成功したか失敗なのか判断してくれる誰かが必要だな。あいつに頼むか。
俺はやつを呼び出し、協力を依頼した。成功したら彼の名前で学会に発表してもらうということで。
最初は否定的だったが、俺の余命が短いことを明かすと、納得してくれた。
プロジェクト名は「人類デジタル化実験」だ。
俺の余命はあと1日だ。プログラムは完成した。チャンスは1回、俺の心臓が停止し、脳波が止まると同時にAIが起動する仕組みだ。
そろそろ息苦しい。ふふふ…楽しみ…だ…。
これは…夢なのか?
それとも本当の天国なのか?
目の前には雲の上の神殿のような神秘的な風景が広がっていて、すがすがしい香りがする。この広い世界で彼女を探すんだ。ふふ、なんて言おう。彼女になんて言われるだろう。でも意識体って、何にでもなれるんだっけ?ただの幻覚だったらどうしよう。とか、色々くだらないことを考えていると、見慣れた「彼女」が…。
言葉が出ない…何かカッコいいこと言わなければ…「こ、こんにちは」 違うううううう、そうううじゃなあい!!
一人で慌てる俺を見て彼女はやさしく微笑んで笑う。
「本当に、なんてばかなひと…」

ライセンス

  • 非営利目的に限ります
  • 作者の氏名を表示して下さい

ばかな人~悲しいアンドロイドの話~

説明の必要のない物語を歌でと思ったのですが、いざ作ってみると色々出てきたので、補足のつもりで書いてみました。

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投稿日:2024/10/04 17:53:46

文字数:5,508文字

カテゴリ:小説

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