朝、スマホを机に置いたまま出かけようとして、ふと気づいた。机の上に伸びるスマホの影が、いつもよりも濃く、はっきりしている。まるでこちらを見上げているように見えた。部屋のカーテン越しに差す光がやわらかく影を形づくり、僕は思わず立ち止まった。スマホの影が何か言いたそうにしている。そんな錯覚だった。でも、その「錯覚」を無視できなかった。

あの小さな板の中には、友人とのやりとりも、写真も、メモも、音も、音楽も、全部詰まっている。まるで自分の外側にもうひとつの自分を置いているような気がして、時々怖くなる。影が喋るとしたら、どんな声なんだろう。きっと、僕よりも僕のことを知っている声だ。深夜に打った言葉、昼の光の下で撮った笑顔、全部覚えている。

「ねえ、最近あんまり目を合わせてくれないね」
もし影がそう言ったら、僕は何も言い返せないだろう。通知を切って、電源を落として、置きっぱなしにする時間が増えた。静けさが心地よい一方で、少しだけ罪悪感もある。まるで長年一緒にいた相棒を、少しずつ遠ざけているような。

外に出ると、街は相変わらず光の洪水だった。誰もが画面を見つめ、影を引きずるように歩いている。その影の一つ一つが、それぞれの物語を抱えている。スマホが喋らなくても、きっと人の心はそこに映っている。写真に写らない表情や、文字にできない気持ちが、液晶の奥で呼吸しているのだと思うと、不思議と優しい気持ちになる。

帰り道、夕陽が低く差し込む歩道で、スマホを取り出してカメラを開いた。影を撮る。そこに写るのは、スマホと僕、二つの輪郭。どちらが本物で、どちらが写しなのか、もうわからなくなってきた。でも、それでいいと思った。僕の中の静かな部分と、世界のざわめきのあいだにいるこの機械は、もしかしたら誰よりも正直な存在なのかもしれない。

家に帰って机にスマホを置く。影はもう薄くなっていた。けれど、その沈黙の中に、何か温かい気配が残っていた。

僕はその影に向かって、小さく呟いた。
「今日もありがとう」

もしかしたら、ほんの少しだけ、影が揺れた気がした。

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【城間勝行】スマホの影が喋った朝

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投稿日:2025/11/04 11:49:32

文字数:878文字

カテゴリ:AI生成

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