* 偽り
「何してたのよっ」
リンに、怒られた。それはもう、凄い剣幕で。
14歳の誕生日から十日ほど経ったその日、俺はリンの横たわる病室へと辿り着いた。
行方をくらましていた俺を、皆が……リンが心配していた。
十日ぶりにみるリンは、なんだかとてもやつれていた。俺を心配してか、例の病気が進行したのか。以前にまして顔は青褪め、頬がこけていて。
それでもリンは力の限りに怒った。
14歳の誕生日。リンは楽しみにしていた。俺だってリンを一番に祝いたかったし、リンに一番に祝ってほしかった。
それなのに、
それなのに。
「レンッ……」
気付けば、リンは涙声。
俺と瓜二つの空色の瞳に涙を湛えて、リンは俺にすがりつく。
「バカッ……!」
決壊したようにリンは泣き出す。俺に取りすがり、(俺の)服が汚れるのもかまわずに、子供のように泣きじゃくった。
ひんやり冷たいリンの肌。
確かに感じるリンという存在。
リンにつられるようにして、俺も泣いていること。自覚したのは少し経った後だった。
ベッド脇、見舞いの品に埋もれるようにツルバキアの小さな花が揺れている。
その夜俺たちは、ささやかな『パーティー』を開いた。
俺とリン、ふたりきり。
誕生から14年を祝う、小さなパーティー。
俺とリンは心から、互いの誕生を喜びあった。
「かくめいっ」
意地悪い笑みを満面にうかべながら、リンはもう何回目かもわからないその手をコールする。
盤上にはJ‐イレブンのカードが4枚。その手は『革命』。カードの強さが逆転する、起死回生の1手だ。
俺たちは『大貧民』という名のトランプゲームに興じていた。
基本ルールは単純。相手が出した手より強いカードを出していき、最初に手札がなくなった者が勝者=大富豪、手札を残してしまった者が敗者=大貧民となる。
こういってしまうと、ものすごくつまらないゲームに思えるが、ここに様々なローカルルールを織り交ぜることで一気に戦略の幅が広がる。
俺とリン、最近のマイブームがこの大貧民だ。ふたりでプレイする手前、いくらかカードは抜いて、相手の手札がわからないように配慮している。
リンはどうも革命が好きらしい。
先ほどから、カードが四枚そろうたびに『革命』を行う。
Jには『Jバック』なんてルールがついていて、最も戦略的に有効なカードなのだが。
「どうだ、レン!」
と意味不明のドヤ顔中。リンの手札はあと少し。もう1ターンで勝負がつく手札、なのだろう。あきれ半分に俺はたしなめる。
「リン、また革命かよ。好きだな。」
「どうだ、レン。リンの、リンによる、リンのための革命軍だ!」
何だよそれ。俺は苦笑する。
「リンが革命軍なら、俺は鎮圧軍だ。」
俺のターン。残りカードは10枚。リンの3倍以上。
でもここから逆転していく!
「秘儀・革命返し!」
盤上にはA4枚!革命中につき序列逆順からの、Jバックルールにつき序列正順の返し技だ。
「なぁにぃぃぃぃ~!」
はいはいリンちゃん、お静かに。まだトドメをさしていませんからね。
残りの手札の枚数的にも、当然リンは返せない。俺のターン続行。
「ほれ、『10飛び』」
俺のカード。ハート、スペード、ダイヤの10のスリーカード。
次のひとが一回休みになる、いうなれば『スキップ』だ。
当然リンが休みで俺のターン。
「鎮圧軍は強いぞ~。はい、2のダブル。」
むむむ、とリンはうなるのみ。当たり前か。残り数枚の時点で革命だもの。手札は序列正順で弱いカードとみた。俺のターン続行!
盤上にはスペードの3がいちまい。
俺の手札はゼロ。
「やった。またしても俺の勝ち。」
リン、愕然。ついでベッドの上でジタバタ。
その拍子に数枚のトランプが零れ落ちる。
リンの手に握られていたカードも、病室の隅に投げ捨てられた。
「あー、もう。やめやめ。」
「あ、ちょ、リン!トランプがなくなるだろ!」
吹っ飛んだカードを拾いに立ち上がろうとした俺は、しかし服の裾をつかまれ阻まれる。
驚いてリンを見る。
リンも、驚いたような顔だった。
「リン……?」
「あっ、えーっと……」
リンの目が中を泳ぐ。
衝動的につかんでしまったらしい。
リンは頬をうっすら赤く染めながらも、俺の服の裾をつかんだその手を離そうとしなかった。
俺が行方をくらましていた十日間が、リンに与えたダメージ。相当のものだったようだ。
「久しぶりに、一緒に寝よ。」
照れながらのリンの提案に、俺は複雑な心境でうなずいた。
それなのに、
気付けば、何もかもが壊れさっていて。
何もかもが悪い方向へと進んでいて。
以前とは決定的に違っていて、以前のようにはいかなくて……
愛しい姉さん、どうしても。
そのときの俺には、リンをこの腕に抱くことが出来なかったんだ。
真夜中、病院の屋上。俺は酔いを醒ますように深呼吸を繰り返した。
緊張しているかのように心臓の鼓動が、はやい。
空には炯々と輝く三日月。まぶしくて、思わず小さく舌打ちする。
リンは病室で熟睡している。
俺をしっかりと擁く腕はなかなか解けなくて。ベッドから抜け出すのに苦労した。
俺が何日も不在だったせいだろう。
リンは何時にも増して俺に触れたがった。
リンに触れられること、キライじゃなかった。
いや、今でもイヤじゃ、ない。
けれど。リンに触れている安心よりも、今、胸の内を占めるのは……
「フクザツ……」
俺は静かにひとりごちる。
思い返す。ただそれだけで。
ノドが、焼け付くような感覚に襲われる。
―リンの、匂い。
誰かが……あるいは胸のうちに住まうオレ自身か。
俺の葛藤を嘲笑う。
―リンの、カオリ……
甘くて、粘ついて、ウマソウデ。俺を、オレを、惑わすカオリ……!
飢餓感、あるいは吐き気すら伴う空腹感。
意識さえ飛びそうな感覚に、俺はその場に倒れこむ。
視界が明滅し、自我がドロドロに溶けて崩れ落ちる。
渇く、渇く、かわく、カワク!
―リンは、怖くないの?
途方もない苦痛の中、アタマのなかで響く声。
誰だ……?問いかけても、返事はない。
―腹を減らせたオレは、
冷静なのは表面だけ、薄皮いちまい隔てたそこに醜い欲望が渦巻いている。
―リンを食べちまうかもしれないんだぜ?
呵々と笑う声。
楽しげに、可笑しそうに、それでいてどこか空ろに。
やめろ、悪夢に罵声を発しようとした。
その瞬間だった。
「こんばんは、レン。」
突如として俺の意識を拾い上げる、声。
顔をあげると、そこには月を背にした深緑の少女。
「ミク。」
初音ミクがそこにいた。
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