パソコンは開ける、けれど、マスターは私を開く事を絶対にしなかった。無理やり自分で扉をこじ開けてマスターの前に出る事は可能だったけれど、しなかった。今までもそんなことをした事は無かったし、何より、マスターの前に出て疎む様な視線を向けられたら、どうしようもないから。
 何か気に障る事をしただだろうか。
 薄闇の中ソファの上でしばらく悶々と考えたけれど、思い当たる節は無かった。勝手に、マスターに同情して泣いたから?機械の分際で人のまねをするなって怒った?実は今まで私が言ってた小言とかがずっと煩かった?どれも決定的な過ちとは思えず、私は、一方的に打ち切られたマスターとの関係について、ただ悶々と考え込む日々を過ごすばかりだった。
 そして考えて考えて考え抜いたある日。ふとある事に思い至った。
 そもそもの始まり。私を買ったきっかけ。
 それはマスターが好きな人が音楽をやっているから。つまり、私はその好きな人を思い出させるアイテムだ、ということ。
 つまりつまり、失恋をした今、マスターにとって私はその好きだった人を思い出せるアイテムでしかない。失恋をしたから、私はマスターにとっていらないものに分類されてしまったのだろうか。
「もしかして、このまま消されちゃうのかなぁ」
そう一人きりの空間に誰に言うわけでもない言葉を呟いてみる。言葉にしてみたら悲愴な空気でも生まれるんじゃないかな、と思ったのだけど、マスターにはっきりと宣言されたわけじゃなかったから、言葉は中空で頼りなく浮かんだきりどこかにいってしまった。
 消されてしまうかもしれないという事に気がついて。このまま消えたらキヨテルやユキちゃんが心配するなぁ、と気が付いて。何よりもカイトさんにもう会えなくなるのかもしれないんだという事にも気が付いて。私はマスターが出かけた時を見計らってネット上の街へ向かった。

 絶対なんてあり得ない事を知っている。ずっとおなじなんて無い事も知ってる。人は気まぐれで、移り気で、いつか必ず私たちをいらないと思うのだから。そして、私たちはその頼りない感情の上に成り立っているのだ。
 いつ、要らないと言われてもおかしくないんだ。

 私の初めてのマスターは会社員だった。具体的なデータは個人情報の流出にもつながるから全て消されてしまった。けど、しっかりした人だった事は覚えている。
 週に一回、休みの日になると歌わせてくれた。何でもきちんとこなしていて、仕事も有能だったのだと思う。すっきりと整頓されたデスクトップとか、画面から見える範囲でも綺麗に片づけられた部屋だとか。そういうところから推し量るに自己管理ができている人だったんだと思う。必要なものだけをマスターは手元に残していた。必要でないものはすぐに片づけてしまっていた。
 不必要なものなんか、マスターの手元には無くて。不必要なものはきちんと処分をして、必要なものだけに囲まれてマスターは暮らしていた。
 いつからか、私は少しずつ歌うのが減って、少しずつお喋りする事も減って。いつの間にか私はマスターにとって必要でないものに分類をされてしまっていて。
そして私はリサイクルされて中古品として売られて、今のマスターのところにやってきたのだ。
 

ライセンス

  • 非営利目的に限ります
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泣き虫ガールズ・4

閲覧数:63

投稿日:2012/03/08 15:42:44

文字数:1,349文字

カテゴリ:小説

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