Requiem
優しき薔薇
よくよく考えれば彼はそこに立っていた。数時間前から彼がいたであろうここは花園。だが白と赤のバラしか咲いていないこの場所は綺麗とは言えるがずっと見ていたいとは思わなかった。
そんな中を歩く白を基調としたコートに青いマフラーを巻いた男性―カイトは無言で他にないかと探していた。
見渡す限りの緑、他にあったとしても赤と白。中には白を無理矢理赤に染めたようなモノもあったが彼は気にしていなかった。
それよりも早く彼はこの場所から出たがっていた。
“こんな気味の悪い場所から早く出よう”と。
しばらく飽きてきてきた頃、ティーセットが置かれた大きなテーブルが見えた。
この時疲れ果てていたカイトは空いている椅子に座り込む。
「おや、こんな所にお客様が。」
帽子を被ったスーツの男が声を掛ける。どうやら先客のようだ。
「……。」
どう返事すれば良いのか分からず硬直するカイト。
「おやおや、そんなに怖い顔しないでくれ。こっちが話かけづらくなってしまう。」
「す、すみません……。」
これはカイトの一番困っている悪癖だ。どうやらずっと人を見ていると無意識にその人を睨んでしまうらしい。
「まぁ、これも何かの縁だ。自己紹介でもしようではないか。私はキヨテル、帽子屋だ。」
丁寧にお辞儀をするキヨテル。つられてカイトもお辞儀をした。
「おれはカイト。歌手やっています。」
カイトの番が終わるとキヨテルは後ろを向いて“こっちに来て”と手の合図を送る。トコトコと走ってきたのは可愛らしい少女だった。
「えっと、ユキっていいます。よろしくおねがいします。」
先程のカイト並に硬直している。するとキヨテルが背中をトンと軽く叩いた。
「大丈夫。この人、ちょっと顔は怖いけど優しそうですから。」
小声でキヨテルはユキに言う。
「ホントに?」
「ええ、どうやら“お姉様”が呼んだ二人目のアリスみたいですし。」
それを断片的に聞いていたカイトは言わざるをえなかった。
「二人目のアリス?」
慌てるユキを余所目にキヨテルは涼しげな顔をして言い放った。
「あぁ、ただの空耳ですよ。」
「そうですか。」
カイトはそれ以上何も聞けなかった。
「そういえばカイト、先程歌手をやっていらっしゃると答えましたね。」
キヨテルは紅茶を飲みながら言った。
「あ、はい。」
反対にカイトは一口も飲んでいなかった。
「もし宜しかったら一曲何か歌ってくれませんか?」
「いいですよ。…あ、でも楽器がないと歌いづらいかも。」
「楽器?ピアノならあそこにあるよ。」
ユキの指す方向の先にはグランドピアノが置いてあった。
「それじゃあ、一曲。でも何を歌おうかな……。」
「これはどうですか?」
キヨテルは楽譜を一枚、彼に渡す。裏には青いダイヤのマークが描かれていたがカイトはそれに気付かなかった。
その楽譜は歪ながらも楽しくなれる、そんな不思議な曲だった。即刻ながらもカイトはピアノを使い綺麗に歌い上げる。彼の喉が嗄れる直前までキヨテルはアンコールと言いつつ楽譜を一枚ずつ渡していた。その度に白かった大地や空が緑や青に染まっていった。
「もう、……疲れました…よ。」
息があがり、ピアノを弾いていた両手は重くなっていた。その左手の甲にはきれいにダイヤのマークが描かれている。
「おつかれ、カイトお兄ちゃん。」
「あ、はは。ありがとう…。」
嗄れている声で言うカイト。
「でも。…ごめんね。」
「え。」
素直に喜べなくなった。それよりカイトにとって今の言葉はどんな罵倒の言葉より歪んで見えた。
「キミはもう、“使用済み”なんだ。“お姉様”に惑わされずに我々の夢の国を作ってくれてありがとう。」
キヨテルの右手にはリボルバー式の銃が握られていた。
「どうして、どうしてなんだ…げほっ、げほっ。」
言いたいことを言えず咳き込む。キヨテルは声色を変え、怪しげな笑顔で言う。
「それが我々夢の国の住人の為になるのだよ。“お姉様”の妨害には少しウンザリしていたからね。」
銃口をカイトの胸元に向ける。カイトは最後の力を振り絞って
「“お姉様”って誰のことなんだっ!」
その答えが帰ってくることなく辺り一面に銃声が響き渡った。
どうやら居眠りをしてしまったらしい。
机から起き上がるとハクは控え室の天井を見上げる。電灯の明かりと黒しか見えない。
ナースコールが“彼女”が呼んでいる。
“そろそろいかなくちゃ。”
そう思いながらハクはレンカの元へと足早にいった。
辿り着いた病室の中には一輪の赤い薔薇しか入っていない花瓶と何かの楽譜が置いてあった。
「ハクお姉ちゃん、あたしカイトお兄ちゃんに会えたよ…。でも……。」
ハクは何も言わずにレンカを抱きしめた。
昨日の昼過ぎにネルが話していたことを思い出す。
「“あいつ”が今回の事件を起こしたとしか思えないのよあたしは!」
今回の事件、レンカの病室の中で見舞いに来ていた彼女の育ての親だったカイトが仰向けになって倒れていたのだ。胸元には6mmほどの銃弾が埋め込まれていた。もちろんこのことを警察に通報したが凶器と思われる拳銃、犯人も見つかっていない。
この事件が起こる前、レンカはこう言っていた。
「“夢”が怖いの。」
ベッドの上で震えていたことを思い出す。この話はネルも聞いていた。
だからこそ暴走したレンカを知っているネルは言うのだ。
“あいつ”が犯人だと。
ハクが病室から出た後、“彼女”は低い声で歌い上げる。
二番目アリスはおとなしく、歌を歌って不思議の国
いろんな音を溢れさせて狂った世界を生み出した
そんなアリスは薔薇の花、いかれた男に撃ち殺されて
真っ赤な花を一輪咲かせみんなに愛でられ枯れていく
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