こんにちは!安渡陸です。
真っ白な画面に向かい、文字列を一つずつ刻んでいくとき、私は自分がどこに立っているのか分からなくなることがあります。
システムを組み上げ、映像を紡ぎ、誰かのビジネスを加速させる。
その作業の積み重ねは、実はこの世界の裏側に、巨大な「真鍮の歯車」を取り付けていくような行為なのかもしれません。
先日、複雑なコードを整えていたとき、画面の端に小さな「青いトカゲ」が現れました。
そのトカゲは、私が打ち込んだ文字を一つずつ食べては、口から七色の光の粒子を吐き出していくのです。
その光が画面いっぱいに広がると、私が作っていたはずの無機質なサイトは、まるで命を吹き込まれた深海魚のように静かに呼吸を始めました。
私たちが技術と呼んでいるものの正体は、実はこうした異世界の迷い子たちが残していった、光の残滓なのかもしれません。
動画の編集に没頭していると、ヘッドホンから「巨大な波の音」が聞こえてくることがあります。
それは、現実の海ではなく、電子の情報の底でうごめいている巨大な潮流。
その波打ち際には、無数の「錆びた方位磁針」が打ち捨てられています。
針はどれも北を指さず、常に私の部屋の隅、影が最も濃い場所を指して震えているのです。
表現を形にするということは、その狂った磁針の先にある、まだ名前もついていない感情をすくい取ること。
デザインや映像という媒体は、その繊細な感情を、誰の手にも触れられないように保護する「琥珀の繭」なのかもしれません。
マーケティングの海で人の心の動きを観測していると、足元に「巨大な万華鏡」の底が見えることがあります。
誰かが何かを好きになり、心が動くたびに、万華鏡の模様は複雑に、そして残酷なほど美しく形を変えていきます。
私はその模様の変化を読み解き、次にくる風の色を予測する。
それはビジネスというよりも、宇宙の瞬きを記録し続ける無口な天文学者の作業に近いものです。
売上という数字の裏側では、常にこうした極彩色の崩壊と再生が繰り返されているのでしょう。
深夜、作業を終えて部屋の明かりを消すと、私の指先からは微かな「銀色の煙」が立ち上っています。
それは、今日一日で削り取られた私自身の時間の破片であり、同時に、これから生まれる新しい物語の種でもあります。
煙はゆっくりと天井へ昇り、窓の外の夜空に混ざって、明日には知らない誰かの夢の一部として降り注ぐ。
ふと振り返ると、画面の中では青いトカゲがまだこちらをじっと見つめていました。
トカゲの目は、宇宙の始まりのような深い闇を湛え、私の存在そのものをデータの列として読み取っているようです。
私は人間としてこの仕事をしているのか、それとも巨大な万華鏡の模様を作るための、一粒の砂に過ぎないのか。
窓の外では、方位磁針の針が指し示していた影の中から、ゆっくりと新しい太陽が昇り始めています。
でもその太陽は、私が知っている色とは少しだけ、決定的に違っていました。
あなたのスマートフォンの画面が、今一瞬だけ、見たこともない色で明滅したとしたら。
それは、私の部屋のトカゲが、あなたの世界の境界線を少しだけ齧り取った証拠かもしれません。
銀色の煙は、もうすぐ私の意識を包み込み、私は名前のないコードの海へと沈んでいきます。
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