夢見たあとで


「嫌ああああああああああああああああ!!!!!」


「…ィ‥オイッ!!…刹那!起きろッ!!!」



「…あ‥、ゆ、すけ…」



ドクドクと鼓動が鳴る。

額には脂汗が滲み、布団を握り締めるその手は握力が失われつつあった。

じっとりと汗ばむ手をゆっくりとひらくと、自分より一回り大きい掌がそれを包む。


「また、見たのか?」

「うん…」


悠介と一緒に暮らす前からたびたび見ている夢。

もともとメンタル面が弱いあたしは気づかないうちに疲れだのストレスだのをため込んで知らぬ間に精神に影響を及ぼしているらしい。
それが悪夢となってあたしを苦しめる。

悠介と出逢うまでにも夢は見ていた。

悪夢、なのかはわからないが、でもとても疲れ、涙が止まらない‥そんな夢を。


悠介にそのことを話してから、夢の内容が違ってきた。

とても苦しい‥キツイ‥生きた心地がしない、感触も妙にリアルな、世界。

そんな中に閉じ込められ、自分が今最も精神を殺がれるような苦痛の闇を脳内をゆっくりと侵食するかのようにじわじわと侵されてゆく。

それは目が覚めて現実に引き戻されても脳裏に焼き付いてなかなか離れてはくれない。

あたしをどんどん蝕んでゆく。

そのうち夢に乗っ取られるんじゃないかと思うほどに。


おそらく大切な人ができたから。


悠介、という将来を誓い合った人物が。


失うことが怖くて、ただただ怖くて。


だから脆弱な精神(メンタル)はそこに付け込まれたんだと思う。


脆くて弱い、あたしのココロ、に。



悠介はそれを知っていた。

あたしが弱いことも。

人一倍傷つきやすいことも。

だからあたしの傍に居ることを選んでくれた。

でも‥状況は変わらなくて。

それでも前よりは眠れる時間が増えた。

悠介の体温感じてると安心して眠れるんだ。

それ言ったら「だろ?だって俺だもんな」ってニッて笑ってた。

その笑顔がとても愛おしかったの、覚えてる。


「刹那…?」

「あ…」


ボーっとそんなことを考えてたら水の入ったコップと濡れタオルを持った悠介に肩を叩かれた。
どうやら顔面蒼白で意識を持って行かれるんじゃないかと心配していたらしい。


「あはは‥もう大丈夫だから」

口ではそう言ったものの、まだ悪夢の余韻が残っているらしく口元がひきつってしまった。


「ったくよお…強がりもほどほどにしとけって」

呆れたような口ぶり。

あたしのことをいつも一番近くで見ているから…。
だから悠介にはなんでもお見通し。
あたしの表情一つでわかっちゃうんだもん。
悔しいけどそんな関係が心地いい。
悠介もそれをわかってるから黙って傍に居てくれてるんだと思う。


「で?今日はどんな夢見たの?」

コップの水をゆっくりと飲み干すと悠介が聞いてきた。
これもお決まりのパターン。

「…っちゃう夢」
「ん?」

もごもごと口を動かしてしゃべっても言葉が喉につっかえてうまく言えなかった。
聞き返す悠介に小さく息を吸い込むともう一度告げた。


「ゆ、すけが‥どっか行っちゃう夢」
「はぁ?」

少し大きめの声で言うと面食らった悠介の顔が視界に入った。

「…お前バカ??」

「へ?」

「だーかーら!」


悠介はあたしを自分の方に向かせるとあたしの顔を見ていきなり笑い出した。

「ちょ、何人の顔見て笑ってんの!」
「いやー?あんまりにもお前がアホだからつい」
「はぁ?」
「だって、ホントのことだろ?」
「ちょ、ゆ、す‥」
「俺が、お前の傍からいなくなるとかあり得ないって。…なのにそんな心配するとか‥やっぱお前バカじゃん」
「……」

ちょっと‥悠介ってば何いきなり言いだすんだろう。
あたしがバカ?
あり得ない??
そんなこと…

「あるわけないじゃん!!」
「は?何が?」
「悠介が絶対いなくならない保証なんてどこにも…!」
「刹那!!」

何?
笑ったと思ったら今度は怒るの?
今日の悠介ってなんだか…

「…こ、わい……」

「…ったくもう…」

悠介は溜め息をついて、あたしの手を握った。
「刹那‥よっく聞けよ」

ちょっとだけ睨んだ後、悠介はいつものあたしの大好きな笑顔になった。

「いいな、一回しか言わないからよく聞いとけよ」
「う、うん」

な、なんだろう…。

「俺はお前を置いてったりなんかしねえ。絶対、だ。いいか、わかったな?」

………。
え…どういう、こと…?
悠介は‥なんて言ったの?
「置いて行かない」?
だって‥そんなことあるわけ…

「あぁん?」

「…う……」

あれ?心見透かされた?

「…お前なあ…。いつになったら信用するんだよ」

まぁ、ちゃんと言い聞かせたのは今回が初めてだけどよ。
とバツが悪そうに頭を掻いていたけど。

「で?」
「え?」
「わかったか?」
「あ、うん…」
「んじゃ、仲直り、だな」
「仲直り…?」

あたしが「なんで?」って顔をしたらニコって笑って言った。

「だってほら、俺が怒鳴っちゃった時に少し喧嘩しちゃったじゃんか。だから仲直り」

“な?”と手を差し出してくる。
和解の握手のつもりなんだろう。

「ん、わかった」
「ありがとう」

またニコってした。
あたしこの笑顔弱いんだよ…。
照れちゃうっていうか‥そんなとこ。

「照れてんのか?」
可愛いな~って言いながら抱きしめてくる悠介。

この温度が心地いい。

「もう、怖い夢見ることないかもね」
そう言ったあたしを悠介は何も言わずにただただずっと抱きしめていた。

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夢見たあとで

大学の学祭で出す用の小説。
文芸部です。

閲覧数:58

投稿日:2011/10/11 20:13:56

文字数:2,324文字

カテゴリ:小説

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