【01:安定しない街の中、溢れる喧騒】前編

 私、仁藤ヤヤが住む町は年中、喧騒に支配されている。
 チラリと視線を横に向ければ、ひ弱そうな男が殴られている。ペコペコと情けなく頭を下げては許しを乞い、懐から財布を出す。本当に情けない。
 すれ違い際にポケットをまさぐられるのは何回目だろう。数えるのも面倒だ。入ってねーよ、と心中で毒づきながらその手首の血脈を狙って画鋲を刺す。後ろで悲鳴が上がった。大丈夫、針は二センチと長めをチョイスしておいたからそう簡単には抜けないよ。

 ここ獅子絵町は、見ての通り治安が悪い。喧嘩、恐喝、窃盗とキリがない。獅子絵町で生きていくには先程のような防衛手段が一人に三つ以上必要とされる。
 元々は都市開発対象区域だった。アンティークな家々が建ち並ぶ、中流から上流の階層の家庭が居住する静閑な町として存在しているはずだった。
 しかしながら、察しの良い方々ならもう私の口振りからも理解できるだろう。どれもこれも、「だった」「はずだった」、なのである。過去形だ。
 二十年以上も前に持ち上がったその計画は、後残り三年というところで中止を余儀無くされてしまったのである。あの頃は物心がついて間もなく、起きた事件が事件なだけあって記憶は強烈かつ鮮烈だ。

 しかもその原因、大本となる存在は極々(ごくごく)身近に存在する。

「おっ、ヤヤちゃん!ヤヤちゃんじゃん!ひっさしぶりだねぇー!」
「………」
「どーしたの?私服なんか着ちゃって!かーわーいーいー!お出掛けかなぁ?」
「………」
「ん?ヤヤ?ニートヤヤちゃん?おーい」
「………ハァァァァァ」

 溜め息を隠すことなく残すことなく全て吐き出し、私は回れ右をして来た道を戻る。ああ、早く行かないとあのお方達からお叱りを頂く羽目になる。急がないと。
 何事もなかったことにして通り過ぎようとしたが、藪蚊のごとく現れた奴は慌てて回り込んできた。チッ。

「ちょっとちょっとちょっと!シカトとか最低な人間がやることだよヤヤちゃん!」
「その最たる人に言われたくないです。それと、私はまだ学生の身分ですから別名無職ではありません」

 目の前に立ちはだかる男。日本人特有の黒髪……ではなく、金髪。染めたものではなく天然モノ。アジア系の顔立ちではあるけど日本人じゃないと思う。チャイナ系が妥当なんだろうけど、ハーフの可能性も否めない。中肉中背でそこそこの筋肉は持ち合わせている模様。服装は明るさ重視の色選びに加え、涼しさを追求したタンクトップの上に前開きシャツに短パン。履き物は雪駄。おっさんかアンタ。
 名前は無い。らしい。どんな名前か興味も無い。ただ、周囲からは《ウォンテッド》と呼ばれている。由来も意味もそのままWANTED―――指名手配犯だ。

 この男こそ。

 獅子絵町の都市開発計画を頓挫させた張本人であり、国が血眼になって探している凶悪犯であり。

 気まぐれで犯罪を一日一悪、否、一日十悪犯しかねないとち狂った人間。

 …なんでそんな人間が一介の女子高生である私に声を掛けてくるのか未だに不明だし、話し掛けられて良いことは一つもない。一緒に居るところを目撃されて、コイツほどではないが変な輩(やから)に絡まれることもしばしばだ。いい加減ウザい。消え失せてほしい。いや失せろ。

「ヤヤちゃ~ん、目が据わってるよ~?」
「早く警察にその首を洗って持っていってほしいと思っていただけです。それでは失礼します」

 適当にあしらって脇を抜けようと試みる。けれど、この男無駄に隙がない。すぐに道を塞ぐ。

「え~、今日は日曜日だからガッコー無いでしょ?遊ぼーよ」

 アンタと遊ぶヒマがあったらバイトに勤しむ。ちなみに、この男の言う"遊ぶ"は犯罪だ。遠目にだが、コイツがそれはそれは愉しげに何人もの男を血祭りに上げ、高笑いしているところを視認済みだ。下手をすれば二度と日の光は拝めない危険な遊び。アバンチュール。むしろ罰ゲームだ。応報は牢屋にて白黒ボーダー囚人服での強制合宿に違いない。

「お断りします。もっと歳の近い方を見つけて遊んでください。迷惑ですから消えてください永久に永遠に未来永劫て言うか死ねよこの×××野郎」

 思わず早口になった末、ついに本音が零れても終始ニコニコとしている。ああ、コイツ馬鹿だ。聞こえてない。聞くつもりがない。

「…本当に退いてください。知人と会う約束をしているんです」

 かくなる上は普通にお願いするか。用事があることを素直に伝えればこんな脳味噌ヘブンでも分かってくれるかも―――


仁藤ヤヤ
≪説得15≫→81→失敗


「えっ、ヤヤちゃんってトモダチいたの?」
「その舌切り落としましょうか?」

 ――――前言撤回、コイツに頭下げて得することは何一つない。下げた分だけ堪忍袋の緒が火のついた導火線だ。血管が何十本もやられかねない。寿命が縮んでしまう。
 腰に巻いていたポーチに手を伸ばしかける。しかし、すぐに時間のムダであると思い直して、結局、強行突破することにした。

「ウォンテッドさん」
「ん?何々?」

 近付いてくるバカ。馴れ馴れしく腰に手を回そうとするなオイ。痴漢で訴えてやろうか。
 落ち着け私、チャンスは一瞬だ。怒りを鎮め、神経を集中させる。


仁藤ヤヤ(部位狙いによるマイナス補正)
≪こぶし50-10≫→4→クリティカル

ダメージ(クリティカルによるプラス補正)
2d3+db1d4→3,3,3→9

ウォンテッドのHP??→??-9=??


「―――失礼します」
「ゲフッ!」

 鳩尾に深くめり込んだ私の拳。次の瞬間に道を塞ぐ馬鹿が崩れる。ビューティフォー。やっと出来た隙を見逃さず、振り向きもせず私は足早にそこから立ち去った。

ざまぁ。


【01:安定しない街の中、溢れる喧騒。】 ―part2に続く―

ライセンス

  • 非営利目的に限ります
  • この作品を改変しないで下さい

【小説】 発狂ウォンテッドと四重奏 part1

『発狂ウォンテッドと四重奏』http://piapro.jp/t/xEwhの小説版の第一話的な何か。

※昨年からクトゥルフ動画にハマっていたので、物語の進め方がダイスロールです。クトゥルフもどきです。苦手な方はユーターンでお願いしますm(__)m

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投稿日:2013/05/14 12:09:09

文字数:2,437文字

カテゴリ:小説

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