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空が少し赤くなったころ。歩いていた道の先の木々が開け、そこに建物が見えた。その隣からは、煙が上がっていて、白く、細く、不規則に歪みながら空へと昇っている。
「ここでいいよね?」
私が隣の好子に尋ねると、
「多分」
と彼女は返した。
「やっとついたね」
「うん」
それは二階建ての、大きなペンションと言うのだろうか。立派な木造の建物が鬱蒼とした森の中に密かに佇んでた。正面に見えている両開きの玄関戸は開け放たれていて、その側にスクーターが二台と、ボロボロのママチャリが一台、そして白い軽トラが一台止めてあった。
玄関の右側には、厚めの板でしっかりとしたテラスがあり、その前に焚き火が見えた。誰かがテラスの階段に座って、木の枝を火にくべている。顔までは見えないが、多分久下さんだろう。側には拾ってきたであろう木の枝が山になっていた。
彼は歩いてくるこちらに気づいたのか、立ち上がり一度大きく手を振った。それを見た好子は嬉しそうに、手を振り返しながら叫んだ。
そんな彼女を見て、私は少し微笑えましくなって、赤く染まっていく空を見上げた。東の方の空はもう暗くなってきていて、日が落ちるのが日に日に早くなっていくのが、少し寂しくかんじた。
夏が過ぎ、もう直ぐ秋になる。
夏の終わりは何故かいつも悲しい。眩しい夏の日差しの下に、何か大切な物を忘れてきてしまったような、そんな気分になる。
そう言えば、小さいころは、この時季になると、両親に言って田舎のおじいちゃんの家にしょっちゅう遊びに連れて行ってもらっていたっけ……
大のおじいちゃんっ子だった私は、大好きなおじいちゃんと二人、同じように縁側に座って、暗くなるのが早くなってきた空を眺めていた。
人はどうしたって時世時節、時間の流れの速さに思いを抱くもので。それは生きている以上しょうがない事なのかも知れない。
「明日がくるのを前提にしないと人は生きていけない、か…」
私は、どこかで聞いた台詞を何気なく呟いた。
「何それ?」
好子が尋ねてきた。
「んー何の台詞だったかな……」
「なぁーんだ」
好子が呆れ気味に言う。私が笑って、また木の葉が風に舞った。
好子のポニーテールが風に靡いて、彼女は少し髪を抑えた。
少し間を置いて、でもね。と好子が続ける。
「それ、私はこう思うな」
そう言って空を見上げるその横顔は、どこか寂しそうだった。
「人は自分がいつかいなくなることを前提にしないと、生きていけない」
私は同じように、赤から紫へと色を変えていく空を見上げて、少し考えた。
「んー……それってさ……」
私が続きを言う前に、彼女は「かもね。」と、そう言って笑った。
解ってる。私も好子も、きっと思いは同じだ。
私は言葉につまって、無理に笑ってみせた。
少しの沈黙が訪れて、
「でもさっ」
好子にそれが見透かされたのかもしれない。好子がこっちを振り返って不意に言った。
「Tomorrow is another day.だよ」
意味は、明日は明日の風が吹く。
「風と共に去りぬ?」
「せーかい」
そう言って好子は笑った。
「好子って、本当映画好きだよね」
「まーね」
その笑顔が、何だか辛くて、私は再び空を見上げた。紫色に染まった空には、いわし雲が漂っている。辺りには虫の鳴き声が響いていた。それは昔どこかできいたことがあるような虫たちの営みで、何だか懐かしく感じた。
ふと、誰かに呼ばれた気がした。
その方を見ると、建物の玄関の前で二人の人物が、早く来いとこちらに手を降っているのが見えた。私は好子と目を合わせて、それに手を振り返すと、少し早足でその方に向かった。
また風が吹いて木々を揺らした。木の葉が舞って、叢に落ちて、やがて暗闇に溶けて見えなくなった。暗くなってきた森の中、開け放たれた玄関からは明るい光が漏れている。誰かが楽しそうに会話する声が、そこにはあった。
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