「ほら、雑音!早くいこっ。」
「ああ。」
「雑音、それ、すごい似合ってるよ!」
「そうか。ネルも可愛いよ。」
「えー?そぉ?」
「さぁ、行こう!」
「うん!」
ここは、とても涼しくて、気持ちの良い場所。
水平線の果てまで、コバルトブルーの海が広がって、空も同じ色。
そこに雲は無くて、ただ初夏の日差しを砂浜に照りつける太陽があるだけ。
ふわふわと空中を流れていく風は、あたしの頬を撫で、雑音の黒いツインテールと白いワンピースをはためかせている。
あたしは、黒いタンクトップに、ピンクのミニスカだけどね。
人は誰もいなくて、ただ、砂浜と海が目の前に、どこまでも広がっている。
二人で・・・・・・来た。海に。
「すごくきれいだな・・・・・・。」
「うん・・・・・・。」
「水のところまでいってみよう。」
「うん。」
あたしと雑音は、どこまでも続いていそうな砂浜を、手を繋いで歩いていった。
二人でこうして歩いているだけでも、あたしは幸せだ。
今日の夜、雑音は、行ってしまうから・・・・・・。
歩いていくうちに、だんだんお揃いのサンダルが水に浸かって、冷たくて気持ちいい海の水が足をぬらしてる。
バシャバシャと、水を蹴り上げるのが、なんとなく楽しい。
「ネル・・・・・・。」
「ん?」
「ここは、わたしが生まれて、博貴と一緒に来た、思い出の場所。」
「思い出・・・・・・。」
「今まで、博貴と一緒に来たところはたくさんある。ここも、その中の一つなんだ。」
「へぇ・・・・・・。」
雑音の口調は落ち着いていて、囁くようだった。
「あ・・・・・・。」
雑音は何かを見つけたのか、しゃがみこんで、ぬれた砂浜から、何かを拾い上げた。
「きれい・・・・・・。」
「ほんとだ・・・・・。」
雑音が拾い上げたのは、ついた砂がきらきらと、虹色の光を放つ貝殻だった。
少し大きくて、穴があって、捻じ曲がってて。
「あのときも、こうして一緒に砂浜を歩いて、貝を拾ったんだ。」
雑音は、貝殻を耳に当てた。
「こうすると、海の音が聞こえるって、博貴が言ってた。」
「・・・・・・。」
そして、雑音はその貝を、そっと海に帰した。
また二人で歩き続けると、突然、あることが訊きたくなった。
「ねえ、雑音。」
「ん?」
「雑音って、いつどこで生まれたの?」
雑音の昔のことを聞いていたら、なんだか、そのことが知りたくなってしまった。
余計なことじゃ無いといいけど・・・・・・。
「わたしは・・・・・・元々、ボーカロイドじゃなかった。」
「ボーカロイドじゃない?」
「うん・・・・・・よく分からないけど、わたしは、一人の人として、クリプトンで、博貴に造ってもらったんだ・・・・・・でも、途中でわたしは、博貴がいない間に、捨てられた。」
「えっ・・・・・・。」
捨てられた。
その言葉があまりに衝撃的で、あたしは、思わず立ち止まった。
すると、雑音も立ち止まった。
そのまま、ふわり、と振り向いた。
雑音の瞳には、あたしが映っている。
「まだ、体しか出来てなくて、手と足が無くて、そんなときに、ゴミ捨て場に放り投げられてしまった。」
雑音が視線を落とす。
ああ、あたしのバカ。
なんてこと訊いちゃったんだろう。
「ご、ごめんね!悪いこと訊いちゃって・・・・・・!」
「いいんだ。話させてくれ。わたしも、ネルに話しておきたいんだ。」
なんだか申し訳ない気もするけど、あたしも気になるし、そのまま雑音の話を聞くことにした。
あたしと雑音は、また、手を繋いで歩き始めた。
「ゴミ捨て場で、動くことも出来ずに雨にぬれて・・・・・・一人泣いていた。そんなとき、博貴が助けに来てくれたんだ。博貴は、わたしを抱きしめてくれて、わたしを博貴の家に連れて行ってくれた。それで、博貴と一緒に暮らすことにしたんだ。博貴は、わたしに手と足をくれた。今のとは違うけど。それで、いっぱい思い出を作って、一緒に楽しく暮らしたんだ。でも・・・・・・。」
雑音の口調が急に暗くなった。
「ある日突然、軍の人が来た。わたしが博貴の家にいることをどこかで知って、わたしをもらいに来た。」
軍・・・・・・。
「博貴はもちろんダメだといった。でも、わたしが行きたいと言ったんだ。」
「えっ・・・・・・雑音から?どうして?」
「軍の人は、わたしに、もっときれいな、今の手足をくれると、あと、翼をくれるといってくれた。わたしは、それがうれしくてたまらなかった。」
「翼・・・・・・。」
その言葉は、いまいちピンと来ない。
「わたしは博貴と一緒に軍に行った。そこでわたしは、今の手足を貰って、身長が高くなって・・・・・・気付いたら、戦闘用になっていた。あの黒くて大きな翼も、わたしに自由に空を飛べるようにしたかったんじゃなくて、戦う、ために。」
じゃあ、翼というのは、戦闘用になった雑音の武器だったに違いない。
今あたしと繋いでいる手も、サンダルを履いた足も、戦うために、貰ったなんて、そんなの皮肉すぎる。
「それで・・・・・・そのあと、どうなったの?」
すると雑音は立ち止まって、水平線の彼方まで広がる海の向こうを指差した。
「あの海の向こうに、水面基地っていう空軍基地があるんだ。海の上に浮かぶ、島のような基地。わたしは戦闘用になってから、少しの間あそこにいたんだ。そこで、いろんな仲間に出会って、好きになった人もいた。ミクオも、そこで初めて出会ったんだ。でも、ある日突然、敵が、来た。」
敵・・・・・・。
肩が、震えた。
「わたしは、仲間と一緒に戦った。何回も何回も。そして、戦いのせいでミクオも、敵になったんだ。戦いがいやで、悲しくて、だから、自分を造ったクリプトンを壊そうとした。わたしと仲間は、そんなミクオを止めようとした。だけど、ミクオは実は、わたしに倒されることを願ってたみたいだ。ミクオは、一度死んでしまったはずだった。だけど、生きてた。」
「うん・・・・・・その話、きいたことある。」
この前の、海の見える夜の公園のこと。
「敵が全部いなくなったあと、わたしはどうしてか、ボーカロイドになることになったんだ。そして、水面基地を出て、ピアプロに入った。」
「それで、あの雨の日、あたしと出会ったんだよね?助けてくれた。」
「そう・・・・・・あの時、ネルはわたしに、どうして助けたの、って言ってたけど、わたしはもう何人も大切な人が戦って死んでしまった。だから、ネルを見たとき、その仲間達のことを思い出して、ほうっておけなかったんだ。」
「なるほど・・・・・・雑音って今まで、いろんなことがあったんだね。」
雑音の全てが、今、あたしにも理解できた。
ただの歌うアンドロイドのあたしより、雑音のほうが、よっぽど辛い過去があるのに、雑音は、とっても、強い。
そんな雑音にあたしは惚れちゃったんだ。
長い話のせいか、あたしも雑音も黙り込んでしまった。
むむ・・・・・・どうしよう・・・・・・このままじゃ気まずいなー。
そうだ。まあ、ちょっとくらいぬれてもいいかな。
「ねぇ、雑音!」
「え?」
「ほら海!折角だから、泳ごうよ!!」
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