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 リビングには四人の人物が既にいた。一人は久下さん。
 そして、
「あ、みんな来ましたね~」
 料理を運んびながら笑顔で告げる少女。
 佐藤 繭。
 好子と同じブレザーの上にエプロンをきていて、カールのかかった白く長い髪がとても綺麗だ。彼女は料理の乗った皿を机に並べていた。歳は私の一つ下。いつもおっとりしていて、料理が上手で、年下だけど優しいお姉さんみたいな感じ。私が男だったらきっと押し倒しているに違いない。私の嫁にしたいランキング堂々一位だ。
 部屋の中央に置かれた大きな机には、既に沢山の料理が所狭しと並んでいて、机の周りに並べられた椅子の一つに妙齢の女性が座っていた。
「遅いわよ、あなたたち!先生のお腹はもうペコちゃんよ!」
 座って本を読んでいた彼女が、読んでいた本をとじて勢いよく言う。
 西音寺 麻耶。
 この部活を取り仕切る、実質顧問の教師だった。この人の脳年齢はいくつなのかとても気になる。
「先生は今日も元気ですね…」
 翔が腹が減ったと椅子をガタガタする先生に苦笑している。
「行儀悪いですよ」
 一応注意するが、なんと言うか。こんな大人にはならないように。という、私の中の反面教師も兼ねている。
「わぁ美味しそう!」
 好子は先生なんか無視して、並べられた料理に夢中だ。
「みんなで作ったんスよ。先生以外っスけど」
 そりゃ、先生料理なんて出来ないでしょ。いや、ただの先入観だけど。
「いやぁ、何か申し訳ないです。遅くなっちゃって。手伝いできなくて」
「そんなん、かまへんかまへん」
「そうですよー。気にしないで下さい」
 箸を並べながら、繭が言って、先生が何やら不満げに椅子から立ちあがる。
 繭ちゃん可愛いなぁ。 
「ちょっとちょっと!先生も手伝ったじゃない!ほらこのサラダの盛り付けは先生がしたのよ」
「それ以外は、先生は文句言いながら本読んでただけでしょーが」
 そもそもそれは料理の手伝いと言えるのだろうか。
「何をー!」
 本当、何歳だこの大人……

 やいやいやっていると、キッチンから手をタオルで拭きながら、白い髪の少年が出てきた。
 少し大きめの学生ズボンに、白色のYシャツ。今はシャツの袖をまくっていた。
「先生…」
 その少年が半目でダルそうに言う。
「はい!」
 意気軒昂と返事をする先生に、少年がまたダルそうに口を開く。
「うるさい」
「……はい」
 あれほど煩かった先生を静かに征して、少年は椅子の一つに座った。
 いやぁ、ざまあないね。
「Here’s Johnny!!」
「そんな感じ」
「弘司ダメでしょ先生にそんな態度とっちゃ」
 エプロン姿の繭が少年に言って
「いいんだよ、この先生には。繭はだいたいトロいんだよ」
 弘司が椅子の背もたれにだらんともたれて言う。
「うぅ~トロいって何よ~!そんなの、弘司は無気力すぎるよ!」
 エプロン姿の繭がムスッとして椅子に座っている彼に言い返す。
 いやぁ、可愛いなぁ繭ちゃん。
 彼、佐藤 弘司と姉の繭は双子の姉弟で、いつも仲がいいのか悪いのか解らない。
「ホント仲良い双子っスねー」
「さあさあ、飯や。腹減ったわ」
 久下さんがそう言って、みんなが席についた。
 さあ笑壺の会となることを期待しよう。

 皆が食べ終わり、食事の片付けをしたり、テレビを見たり、各々がそれぞれ、思い思いの食後の時間を過ごしている中、私はリビングに置かれた、寝心地の良いソファーの上で至福の時を過ごしていた。何もしないでダラダラするのはとても気持ちいい。食後すぐ寝たら牛になると言うけど、私はもう牛でも構わない。
「あぁ゛~…もうあかん……」
 リビングとキッチンはつながっていて、テーブルの椅子に座っていた久下さんが、ビールを一口飲んだ瞬間、顔を真っ赤にして机に突っ伏した。
「ちょっと~!その風体でお酒弱くて飲めないって何よ!」
 先生がその隣で新しい缶の蓋を開けながら久下さんの肩を揺すっていた。何してるんだあの大人たちは。
 机の上には封の開いたおつまみの袋と、空き缶がいくつか転がっている。
「ちょっと飲みすぎじゃないですか?大丈夫ですか?」
 繭が机をふきながら心配そうに尋ねた。
「大丈夫よ大丈夫!先生こう見えてお酒に酔わない人だから!」
 そんなやついるか。
「先生はいつも酔ってるようなもんですからね」
 私が茶化すと空き缶が飛んできた。
「全く。単位あげないわよ!」
 私は床に転がった缶を拾うと机の上に置いた。
「……今更欲しくないですよ」
 私は小さく呟くと、またソファーに横になった。
「繭ちゃんビールおかわり!」
 しかし、まだ飲むのか。血中アルコールが何%でアルコール中毒になるんだっけ?
 アニメやドラマ何かじゃ、こういう飲んだくれの人って、決まって恵まれない人が多いよな。
「もう、飲みすぎですって」
 そう言って机を拭く繭の隣では久下さんが倒れていた。
 賑やかだな本当。
 何も考えないでいると、とても充実してる気分だ。
 素直に楽しいと思える。
 そんな彼らを傍目に、私はいつの間にか眠りについた。

…………

「先輩!」「聡美さん!」
「うぇあ…?」
 すっかり爆睡していた私は、いきなり呼ばれたことに驚いて目を覚ますと、亜美と先生がソファーで寝ていた私を、見下ろしていた。
 せっかく人が気持ちよく寝てたのに、なんて礼儀知らずなやつらだ。
「おはよう聡美さん!お目覚めのところ悪いけど、大変!!ちょっと来てちょうだい!!」
「え……何?何なんです?」
 眠気眼をこすりながら、茫然自失とした顔で二人を見る。現状がいまいちよく分からない。
「いいから!とにかく先輩来てくださいっス!!」
 強引に腕を引かれて身体を起こされた私は、
「は…?え…ちょっとぉ」
 有無を言わせない勢いで、両脇を二人にしっかりガードされて、訳の分からないまま部屋から連れ出されていった。


「あの…これは…」
 私はリビングから廊下を挟んだ部屋にいた。部屋の中央に置かれた正方形の机のような台を前にして、私を含め四人が向かいあっていた。
「見て分かるでしょ麻雀よ!」
 いや、それは見ればわかりますけども。
 目の前に置かれた全自動麻雀卓の上に、先生が黒いケースを取り出して入っていた麻雀牌をぶちまける。ジャラジャラと心地よい音が部屋に響いた。
「それは分かりますが、何で麻雀なんですか…?」
 なに?私を起こした理由、麻雀したかっただけ?
「細かいことはどうでもいいっスよ!さぁやりましょう!早くやりましょう!」
 亜美が牌を卓の真ん中に開いた穴に押し入れていく。全自動の麻雀卓なんて初めて見たけど、凄いな、こうなっているのか。 
「何で私がいるの?」
 好子が髪をタオルでふきながら問う。どうやらお風呂に入っていたようで、シャンプーか石けんかのいい匂いがした。
「何言ってるのよ、好子ちゃん。4人いなきゃ麻雀できないでしょ?つまりそういうことよ。ドゥーユーアンダスターン?」
 亜美がスイッチを押して蓋が閉まると、ウィンウィンカタカタカタという機械音の後、エレベーターによって牌が十七牌二段の山になってそれぞれ押し上げられてきた。
「はぁ…まぁいっか」
 諦め早いなぁ。
 二人に何を言ってもこっちが疲れるだけだと、もう悟っているようだ。特に先生。
 経験を生かすって大事なことだと思うの。
「半荘戦で、ルールは25000点持ちの30000点返しでありあり(食いタンあり、後付けありの略称)。赤四枚。食い変えなし。場ゾロなし。繰り上げ満貫なし。符はねなし。割れ目なし。ダブロントリロンあり。包は役満と大明カンの嶺上開花と…」
 と、先生がルールを説明していく。ひたすらルールの説明が続いて、それが終わった。
「先生もう一回言ってみて下さい」
「………忘れた」
「………」
「はい、じゃあ先生かりかりでいいわよね!」
「ちょっと?」
「はいはーい!サイコロ振るわよぉ!…対7ね!」
「おいこら」
「はい亜美っス!…11、先生が親っスね」
「………」
「そんなー。先生まだ親っていうには若いわよー!」
 先生の面白くないギャグを聞きながら、私は諦めて配牌に手を伸ばした。
 私は知ってる。この二人に何か言っても疲れるのは私自身なのだ。

ライセンス

  • 非営利目的に限ります
  • この作品を改変しないで下さい

閲覧数:59

投稿日:2014/05/08 20:06:32

文字数:3,425文字

カテゴリ:小説

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