そういう態度を取られるともう構うことはできない。悔しい。何だか悔しい、が、この悔しさは相手から会話を切られてしまったからだろう。悔し紛れに、ぼくは、音痴。と言ってやった。
「歌、聞いたの?」
ぼくの言葉に反応して、サルは微かに頬を赤らめた。どうやらサルでも人並みに恥じらいがあるらしい。その反応に気をよくしてぼくは、聞こえてきたんだ。と胸を張った。
「こんなところで歌うなんて変な奴め。それにしても猿はやっぱり猿らしく音痴だな。」
これからおまえは音痴猿だ。そうぼくが言うと、サルはほんの少し悔しげに唇を噛み、しかしすぐに馬鹿馬鹿しいとでも言いたげにため息をついた。
「もう何でもいいよ。猿でも音痴でも好きに呼べばいいよ、ガリ勉。」
サルのくせに、生意気な。ガリ勉とはもっとビン底眼鏡をかけていそうな奴に似合うあだ名じゃないか。
 ぼくは勉強をすることは好きだけれど、がむしゃらに頑張った覚えはない。ぼくの頭が賢い事を土台に、年上の兄に勉強を教わったり、ぼく自身の好奇心旺盛な性格を損なうことなく色んな事に興味を持った結果、勉強ができるようになったのだ。そんな常に机にかじりついているような点取り虫みたいな呼び方をされるのは心外だ。更にその上、サルがぼくの事をこんな風に呼ぶせいで、友人たちまでもが面白がってぼくの事をガリ勉と呼ぶこともいただけない。
 これはきちんと抗議すべきことだ。とぼくが口を開こうとした瞬間、はははは。と男の子の明るい笑い声が響いた。
 誰もいないところから笑い声が聞こえるなんて、夏の風物詩、怪談のようじゃないか。お化けめ、出るならば出て来い。だが今は真昼間。ちょっと怖い話の状況から外れている気がする。思わず首を傾げたぼくの耳に、再び同じ男の子の声が届いた。
「前に、あげはが言ってたガリ勉野郎、てこいつの事か。」
しかし、本当にガリ勉野郎って呼んでるんだな。
 笑い声交じりの声はサルの手元から響いてきた。その声に、サルはふと視線を自分の手元に落として、微かに笑んだ。それはほんの微かな、小さな、照れたような苦笑気味の笑みだった。
「何それ。」
そうぼくが問い掛けると、サルはふと視線を上げて手に持っていた携帯電話を見せてきた。
「レン。」
そう言って見せられた携帯のディスプレイの中から金色の髪の少年が、興味深そうな様子でぼくをまじまじと見つめてきた。
 確かこれは、人工知能が組み込まれたアプリケーションソフトだ。たしかシリーズ化されていて、同じ機能で異なる性格のソフトが出回っていて、一番有名なのは長い髪をツインテールにした女の子で初音ミク。この金髪の男の子は鏡音レンで、確か商品名は、
「ボーカロイド。」
ぼくがその言葉に思い当たり、口にすると、サルはこくりと頷いた。

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夏休みのある一日・3

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投稿日:2010/08/19 11:38:11

文字数:1,155文字

カテゴリ:小説

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